拳を固めてサワディカップ17-3

11月30日、9:00。嫌な夢で目が覚めた。不思議なことに、起きたばかりだというのに夢の内容をはっきりと覚えていない。

ただ、ひどくどんよりとした嫌な思いで目が覚めた。これまで数百回と試合当日の朝を迎えてきたが、こんな朝は初めてだった。

気分がすっきりせず、食欲もなかったので、朝食代わりにホテル前の屋台でフルーツジュースを飲み、屋上のプールへ行き、嫌な気分を吹き飛ばすかのようにがむしゃらに泳いだ。

11:00、WHAT’S UP DOGへ行き、ホットコーヒーを飲んでいると、リンがやってきてどこかに遊びに行こうという。

今日は試合だというと、「私も一緒に応援に行く」とのこと。

リンが「顔色が悪いわよ。マッサージでスッキリしに行ったら?」と言うので、WOW CAFE隣のマッサージ屋で1時間250B(750円)のタイマッサージ。少し気分が良くなった。

12:00にチャッチャイとバザールホテルで待ち合わせ。リングサイドにいる関係者たちへの挨拶が忙しいチャッチャイを尻目に控室へ急ぐ。

備品倉庫のような狭い控室で、コーラはパイプ椅子に座って天井を見つめている。近寄って声をかけるとひきつったような力のない笑顔を返してきた。

「怖い?それとも楽しみ?」

これまで数百回と尋ねてきた試合前の質問をする。

コーラは苦笑いを浮かべるだけで、どちらの質問にも答えなかった。

バンデージを巻き、グローブを着け、控室前の通路で4ラウンド、軽く汗ばむくらいのウォーミングアップでミット打ちをした。パンチに切れがないし、体の動きも緩慢に見える。

それを見て、作戦を変更する。

「序盤はアゴを引いてガードを固めておけ。相手のパンチの軌道と打ち終わりの態勢を観察しろ。最初の2ラウンドはポイントをとられてもいい。落ち着いて後半に勝負しろ。必ずカウンターを決めるチャンスが来るはずだ」

そうアドバイスした。

試合は1ラウンドであっさりと終わった。

ポーバディン・ヨーアンゴーはこちらが思ったよりも老獪な選手だった。まだ16歳というのが信じられないほど試合を作る能力を持ったいい選手だった。ムエタイで300戦以上のキャリアは伊達ではなかった。

低いガードでコーラの打ち気をはやらせる。1分過ぎ、コーラがワンツーを打つ。これが浅くヒット。

イケると思ったコーラはガードを下げたまま、もう一度ワンツーを放つ。

このワンツーはコーラが打ったワンツーではなく、ポーバディンに「打たされた」ワンツーだった。

16歳の百戦錬磨は、コーラの左ストレートに対して、狙いすました会心の左フックをガラ空きのコーラのアゴにカウンターした。

顔面からスローモーションのように崩れ落ちたコーラを見て、我々は迷わずタオルをリングに投げ入れた。

コーラのデビュー戦は1ラウンド1分25秒KO負け。

わずか85秒の完敗だった。

敗戦後の控室のコーラは悔しがるでもなく、呆然とした表情でペットボトルの水を黙々と飲んでいる。あまりにひどいノックアウト負けだったので、ドクターが控室までやってきて、瞳孔反射チェックをしてくれた。

控室に誰もいなくなったところで、

「結果は結果だ。勝負の世界は厳しい。たった1ラウンドで決まってしまうことはザラにある。終わったことは仕方がない。ただ、コーラ、今日のお前はリングに上がる資格はあったのか? どこかひとごとじゃなかったか?」

そう尋ねると、コーラはこの日初めて私の目をしっかりと見て、それから顔を覆ってボロボロと泣き始めた。

負けた選手に試合後に叱責したのは、これまでの長いボクシングキャリアの中でこれが初めてのことだった。

チャッチャイは控室にさえ来なかった。

観客席に戻り、リンと残りの試合を観戦していると、チャッチャイが隣に座ってきた。

私の肩をポンポンと叩き、

「あれは事故だ。ただ、コーラも事故にあうヤツだったがね」

そう言って、会場を後にした。

これまで持論として、ボクシングにラッキーパンチや事故はないと思っていた。

結果はすべて実力だと思っていた。

チャッチャイの言葉で、そうではなかったのだと気づかされた。100%真剣でなければアンラッキーや事故はあるということを初めて気づかされた。事故にあう状態だったということだ。

それを選手の実力だとひとくくりにしていたのは実に甘い考えだった。

LAタワーホテルに戻り、リンやアニーたちとWHAT’S UP DOGで夕食。相変わらず食欲はなく、ひたすらビールを飲んでいた。彼女たちとの会話も上の空で、何を話したのかもあまり覚えていないほどだった。

みんなと別れた後、ラチャダビセーク通りを2時間ほど散歩した。

にぎやかな大通りの通り沿いに、若者向けのレストランやカフェバーがたくさん軒を連ねている。オープンデッキの店は楽しそうな若者たちであふれかえっている。

この活気あふれる通りをふさぎ込んでトボトボ歩いていると、無性に笑いが込み上げてきた。

ボクシングは本当に難しい。ボクシングを教えるのはもっと難しい。

やることはひとつ。前を向いてがんばろう。

ギラギラと怪しいネオンが光るバー群の中の、その中でいちばん賑わっている店の前に立ち、重いドアを開けた。