拳を固めてサワディカップ18-1
2019年12月5日、帰国後大忙しで仕事を片付けた後、WBO(世界ボクシング機構)の総会に出席するために東京へ向かう。
初めて参加するWBO総会。今日の目玉はランキング会議だった。世界各国のマネージャーやマッチメイカーがお抱えの選手のプレゼンをし、世界ランキングを少しでも上げようとしのぎを削っている。
試合をするのは選手であり、結果は味気ないレポートに文字として残るのみ。ランキング委員はその実績や結果で判断しランキングを構成するものと思っていたが、これが大間違い。
水面下でマネージャーやマッチメイカー達も力一杯戦っていたのだ。
地元判定や不可解な試合運営で、不運な結果に終わってしまった選手たちを救済するために始まったこの聴聞会。マネージャーやマッチメイカーが選手のナマの実力を補足説明するこの会議は実に有意義なものだった。
やはりボクシングはチームプレイだ。
休憩時間にラウンジでくつろいでいると、隣に元WBOスーパーフェザー級チャンピオン、アセリノ・フレイタス(ブラジル)が座ってきた。かつて29戦全勝(29KO)で世界の頂点を極めた稀代のハードパンチャーは思っていたよりも小柄だった。
「引退後はトレーナーやマネージャーを務めながら、いつか自分のプロモーション会社を作るための準備をしている。日本は美しい国だ。いつか自分の選手をこの国で戦わせたいね」
とキラキラとした目でそう語っていた。
年が明け、2020年が始まった。忙しすぎた2019年を振り返りながら、今年はもっと賢く、もっとパワフルに活動する年にしようと決意したとたん、とんでもないニュースが飛び込んできた。
中国・武漢で発生した謎の肺炎ウイルスが世界に蔓延し始めているという。日本ではそれほどの騒ぎは見られないが、海外の動画を見ると、映画のようなパニックが起こり、医療体制も崩壊しているらしい。
武漢と言えば、ヤン君の地元だ。正月は帰省しているだろうが大丈夫だろうか。
1月9日、福岡国際空港からタイへ出発。13:00にバンコク・ドンムアン空港へ到着した。
今回は特に試合の予定もないので、割とのんびり過ごすことができそうだ。いつもの喫煙所で一服した後、タクシーを捕まえ、インタマラのLAタワーホテルへ向かう。
ホテルに到着後、1階にあるWHAT’S UP DOGで冷たいチャン・ビールを飲み、15:00にチェックイン。屋上プールで1時間泳いだ後、支度をしてサーサクンジムへ。
みんな里帰りしていたので、ジムは閑散としている。チャッチャイと二人でジムの大掃除。グローブを磨き上げたところで、チャッチャイが自分の手にグローブを着け始めた。練習でもするのかと見ていたら、
「だれもいないから、軽くスパーリングでもやろう。なぁ兄弟」
不敵な目でニヤニヤ笑っている。
リングで相対して驚いた。160cmほどのチャッチャイはいやに大きく見える。構えが大きく、思ったよりも威圧感がすごい。
テンポが速く、ひっきりなしにフェイントをかけてくる。自分からは仕掛けてこないものの、彼の油断ならない圧力にじりじりと後退させられてしまう。
打開しようとこちらから仕掛けていくと、すかさずカウンターを合わせてくる。そうか、打たされたのか。
ならばと、ロープに下がってチャッチャイに打たせてやろう。そこにカウンターを合わせようとすると、これが全く読めない。
上に打ってくると思えば下に、下かと思えば上に。こちらの思惑を読まれているかのように思うさま打たれた。手、肩、足、目でフェイントをかけられ、ことごとくそのすべてに引っかかっていた。
2ラウンドもの間、こちらのボクシングはずっと空回り。世界の頂点のテクニックを身をもって体験させられ、終わった時にはもうヘトヘトだった。
「タイ人は性格的にのんびりしているから、こういう忙しいボクシングが苦手だ。でも世界へ行くにはこういうボクシングも覚えないといけない。ふたりでいろんなテクニックを我々のボクサー達に伝授していこう」
チャッチャイは汗ひとつかかずにそう言った。
本当に勉強になった。ボクシングは奥が深い。
ホテルに戻り、WHAT’S UP DOGで夕食をとっていると、友人の小田さんから連絡。
「明日、格闘技イベントONE CHAMPION SHIPの試合を見に行きませんか」とのこと。
二つ返事でOKした。
機嫌の悪そうなリンがやってきたので、電話で大志君を誘い、フワイクワンのレストランへ避難。
今年のマッチメイクの展望や先月のWBO総会のランキング会議の話に花が咲いた。
今の私の英語力や人脈力では、ああいう場で日本のボクシングに貢献できなくて悔しい、と話すと、
「高山さんが本気で取り組むなら、仕事やスケジュールを整理して、一度、フィリピンあたりにでも語学留学するのを考えたほうがいいと思います。3か月だけでもだいぶ変わるはずです」
とアドバイスをもらった。
確かに、仕事としての語学は別格だと感じていた。彼の言う通り、環境をやりくりして、本気で語学学習に時間を割いてみよう。
早速今年のテーマができた。
今年も忙しくなりそうだ。