拳を固めてサワディカップ18-2

1月10日9:00起床。プールで泳ごうと支度をしていると、不動産屋から連絡。バンコクオフィス用に探していたコンドミニアムの内覧を現地の不動産屋にお願いしていたのをすっかり忘れていた。11:00にシーロムのタニヤプラザ前で待ち合わせることにした。

電車とタクシーを乗り継ぎ、約束の時間ちょうどに到着。営業車に乗り込み、サラデーン駅とチョンノンシー駅の中間あたりの路地にあるお目当てのコンドミニアムに着いた。

建物は築18年ほど経っているものの、リノベーションしたばかりとのことで部屋は新築さながらの綺麗なものだった。

大きなプールも完備してあり、ランドリーも充実している。家具・家電もついているから、ここなら選手たちの寮としても申し分ない。すぐにでも契約したかったが、あと二つ、内覧を予定している物件があったので、返事は来月ということで、手付金を渡して一旦保留。案内してくれた営業マンが、親切にもホテルまで車で送ってくれた。

12:30、小田さんがホテルに車で迎えに来てくれた。

雑談しながら1時間ほど快適なドライブ。ノンタブリー県パーククレット郡にある、インパクト・ムアントーンターニーに着いた。メインアリーナには12000人が収容できるという立派なイベントホールだった。

ONE CHAMPIONSHIPという格闘技団体があるということは噂で聞いていた。2011年に設立された総合格闘技・ムエタイ・キックボクシングをメインとした新興団体でアジア全体をまたにかけ、勢力を増しているとのこと。スポンサーに名を連ねる企業も有名どころばかりで、その興行はエンターテイメン性に富んだものだと聞いている。歴史と格式はあるが、どこか地味なボクシング興行の参考になればと、ほかの格闘技イベントの演出や興行の仕組みを勉強したいと常々思っていたところだった。

会場に入って驚いた。スタッフの数、ノベルティの充実、会場整備の緻密さ、どこをとっても非の打ちどころのない完璧な運営だった。

マッチメイクも完璧で、退屈な判定試合が続かないように、技術戦とスリリングなカードが交互にうまく組み合わされていた。試合を組む時点で、選手同士のかみ合わせなどを緻密に考慮した観客目線のいい進行だった。

選手の質はもちろんだが、やはり金をかければいい興行になる。そう再確認した。ナコンルアンの興行を見た時もそうだったが、ボクシングの人間はボクシングという商品にプロとして磨きをかける。会場設営や演出はプロのイベンターたちがプロとして最大限の仕事をする。

餅は餅屋だということだ。

経費節減は大事だが、度が過ぎると興行自体がこじんまりとしたものになってしまう。イベントとしていい商品を観客に提供して、主催側はしっかりとした利益を出し、選手たちも身の丈に合った報酬を得る。これが本来の姿だと思う。

海外ではタイトルのかかっていないオープン戦でも、派手な演出を伴う格好いい興行が増えている。主役である選手を輝かせるためにも、興行のあり方というものをもう一度考え直したい。

今回は小田さんが通っているムエタイジムのK会長からのご招待だと聞いた。

K会長ありがとうございました。実に勉強になりました。

ホテルに戻り、今日のお礼に小田さんをWHAT’S UP DOGでの夕食にお誘いした。

店に着くと、リンやアニーもちょうどやってきた。3日前にタイにやってきたという初対面のアメリカ系ドイツ人、ボブとマイルスらとテーブルを囲んでいつもの宴会が始まった。

聞けばマイルスはかつてのジャズの帝王、マイルス・デイヴィスの甥っ子だという。ジャズは詳しくないので、彼の話を適当に聞き流していると、テーブルの向こうでボブと女性陣がなにやらもめている。酔っぱらったボブがアニーにセクハラをして、それを止めに入ったティナやリンがボブをひっぱたいたらしい。

ボブを女性陣から引き離し、別のテーブルで二人で飲みなおすことに。

「タイの女は気が強いのが多いから、一般の女性に対して商売女にするようなことをしたら、オマエ刺されるぞ。いいか、この国で気持ちよく過ごしたかったら、現地の人間を大切にしろ」

そう言うと、ボブはすっかりしょげてしまい、ウイスキーをガブガブあおり始めたかと思うと、30分後にはテーブルに突っ伏して寝込んでしまった。やれやれ。

お開きになったところで、WOW CAFE! 隣のタイマッサージに行く。1時間しっかり揉まれてコンディションはばっちり回復。

飲み直しにWOW CAFE!に入ると、真っ赤な目をして、ひとりでビールを飲んでいるリンがいた。声をかけ彼女の前に座る。

ビールを注文して「何してたの」と聞くと、リンはスマホを取り出し、3歳くらいのかわいらしい女の子の写真を見せてくれた。女の子はリンの娘で、今はイサーン(タイ東北)地方の友人のところに預けているという。

「友人は自分の子供と一緒に、分け隔てなく私の娘を育ててくれている。一日一回はテレビ電話で話もする。友人は甘えっぱなしで仕送りもしない私の娘をとてもかわいがってくれている。一旗あげるつもりでバンコクに出てきたものの、商売はうまくいかない。うまくいっているようにふるまってその場しのぎのお金を調達してその日暮らしをしている現状なの。ねえ、ケン、私は一体何をしているんだろう」

そう言って悔しそうに泣き出した。

黙って聴いているしかなかった。かわいそうだと思えなかったし、励まそうとも思わなかった。

「ケン、私に手助けしてよ。友達でしょう?うまくいったらしっかりお礼はさせてもらうから」

黙って聴いているしかなかった。

真夜中のスコールが降り出した。屋根を激しく打ち付ける雨音のせいで、涙ながらに訴えかけるリンの声が聞こえなくなった。