ベストパンチ5

1975年6月20日 米国 カリフォルニア州 

10回戦

カルロス・サラテ(メキシコ)KO3R オルランド・アモレス(パナマ)

生涯戦績70勝(66KO)4敗という驚異的な記録を残し、世界中のボクシングファンからノックアウトアーティストの称号を与えられた、後のバンタム級の怪物王者サラテの売り出し中のころの芸術的なノックアウトシーン。

対するは「黒い戦慄」がキャッチコピーのパナマの強打者アモレス。ちょうど3年前のこの日、世界フライ級王者、大場政夫の挑戦者として来日。5ラウンドKOで敗れたものの、初回には鮮やかな左フックで大場から強烈なダウンも奪っている。世界奪取はならなかったが「アモレス強し」の印象を残して日本を去っていった。

初回からアモレスは大場戦同様、グイグイと前進しながら左右の強打を振るってサラテに肉迫する。一方、サラテは正確なブロッキングでヒットを許さず、アモレスの打ち終わりに鋭いパンチをあわせていく。しかしアモレスも大場戦のように攻撃一本やりではなく、サラテのピンポイントな強打をきめの細かいディフェンスで巧みに外している。

概してメキシコのボクサーはスピードがない。なのに常に世界のトップレベルに位置し、ボクシング大国といわれるのはディフェンサ(防御)と呼ばれる独特の修練にある。攻撃から防御、防御から攻撃という流れが極めてスムーズに行なわれる。よどみなく続くこの一連の流れはスタミナを無駄にロスすることなく後半戦になっても変わらぬ強打を叩き込める。身体能力で勝負する黒人や根性と回転力が武器の日本人、韓国人はメキシカンに対して常に先手を取りながらも、最後には一瞬の隙をつかれ多くの選手がマットに沈められてきた。

3ラウンド。ノンタイトル戦とは思えないほどの質の高い攻防を繰り広げる両者。サラテが若干そのペースを上げた。
アモレスは2ラウンドまでと同じジャブを突いたが、アモレスの目の前にいるサラテはさっきまでのサラテではなかった。

アモレスのジャブを右サイドにかわしたサラテはこれまでのようにすかさずパンチを返すのではなく一瞬、ほんの一瞬間を遅らせてから今回のベストパンチを放った。

右アッパー、左フック、左フック。外科医のメス捌きのように正確な三連打がアモレスの左アゴ・右アゴ・右外アゴに突き刺さった。

1mほど横倒しに吹っ飛ばされたアモレスは当然10カウント以内に立ち上がることはなかった。

スポーツとしてスピードアップを第一義として追及しがちな中、こういったメキシカンの「時空の管理」というもうひとつのスピードの概念を考えさせられる一戦だった。