拳を固めてサワディカップ20
2020年4月6日のタイ・ライオンエアSL314便、バンコク行きが欠航になった。
薄々は覚悟していたが、世界中に蔓延している新型コロナウィルスの影響で海外渡航が基本、全面的に禁止された。
テレビでも連日世界各国の感染状況、ロックダウン(都市封鎖)の情報をヒステリックに報じている。日本でも屈指のコメディアン、志村けんが感染から僅か10日ほどで逝去したため、感染への恐怖が日本列島を駆け巡った。
マスクをしていない者への偏見蔑視、飲食店へのバッシング。パニックからくる人間本来の浅ましさで、国全体が嫌な空気で蔓延した。
水、消毒液、ティッシュ、トイレットペーパーが店から姿を消し、それらを買い占めた者たちが激しくバッシングされる。県境をまたいだ移動が禁止されると、他県ナンバーの車に対して嫌がらせが始まった。比較的平和な時代で育った私には、初めて目に映る世界規模の一大事だ。
戦争だと思った。
国民同士が己の怒りを不安に任せて他人に容赦なくぶつけ合う。普段にこやかな人が、こんなにも他人を攻撃する激しい感情を持っていたのかと目を疑う。
こんな状態ではボクシングどころではない。マッチメイクどころか試合会場の閉鎖、興行の相次ぐ中止、ボクシングジムの営業さえ規制された。わが関ジムも時短営業に切り替え、3人以上のジム入館を禁止し、感染対策に当たったが、そもそもジムには誰も練習などにやってくるはずもなかった。
先の見えない不安の中、ひたすらリングやサンドバッグなどの備品を消毒液で磨きまくる毎日。ジムは少しずつきれいになっていくが、気持ちは日に日にどんよりとくすんでいく。
皮肉なことに、会社の仕事は各企業・各店舗のコロナ対策案件で忙しい。だが、外出を控える風潮の中、求人に苦労したせいで対応に追われ毎日ヘトヘト。従業員は稼げるからいいやと、体に鞭うって頑張ってくれたが、過度に疲労をためた状態で感染してしまうと、命の危険にさらされかねない。判断に迷う毎日は本当に不安だ。
多少、業務を縮小し、今後の会社運営や経理の試算を何度も何度も検討する。厳しい状態が続くだろうが、ある程度の目星をつけると少し気持ちにも余裕が出てきた。
ふとタイの仲間たちが心配になってくる。無視していたメールやLINEを改めて見直すと、チャッチャイをはじめ、たくさんの友人や関係者からの援助を求めるものばかりだった。
チャッチャイ
「ジムはすでに開店休業状態だ。試合どころではなくなってきた。今後どうするか真剣に考えたい」
送金は継続するから生活とジムを維持するようがんばってほしいと激励した。
ティナ
「みんなが集まってくれていたレストランだけど、オーナーの彼氏が見切りをつけて帰国してしまった。店は開けられないし、もうどうしていいかわからない」
オーナーを引き受けるから宅配や早朝営業でがんばれと言うととても喜んでくれた。
ノックノイ
「試合の目途がたたず金銭的に困窮している」
少額だが、当面の生活の足しになる金額を送金した。
ノック
「美容師の仕事がなくなったから故郷に帰っている。実家の外壁工事のお金が払えないから送金してよ」
呆れてものが言えなかった。
マイラヤー
「マッサージの仕事もないし、時間はたっぷりあるから、この機会に性転換手術を受けようかと思う。送金お願い」
呆れてものが言えなかった。
リン
「ねえケン。感染防止グッズを世界中に販売して億万長者になるチャンスよ。ありったけのお金を送金してよ」
暗い毎日の中、久しぶりに大爆笑した。
このコロナ・パンデミックで厳しい状況が続くと思われるが、ボクシングのようにピンチの中のチャンスを探したい。
外出規制、リモートワークなどで、運動不足の人間が急増するだろう。ワクチンの開発や免疫強化などでいつかはこの騒ぎは終息すると信じたい。これまでもコレラやチフス、いろんな流行り病を克服してきたじゃないか。
その際、スポーツや健康志向はコロナ騒ぎ前よりも活況を呈する時がやってくると信じている。
かつてアメリカの悪徳プロモーター、ドン・キングの邪悪な政治力で地に堕ちた世界ヘビー級の暗黒時代があった。
キングの金権政治に巻き込まれたヘビー級のボクサーやチャンピオンたちはトレーニングもせず、カネの為だけにたるんだ体でリング上がる駄馬になり下がった。
そんな中、1986年11月22日、20歳のマイク・タイソン(米国)が王者トレバー・バービック(米国)を鮮やかに2ラウンドKOして新チャンピオンに輝いた時、本物のヘビー級ボクシングが帰ってきたと興奮したリングサイドの記者が、
「世界はこの夜明けを待っていた」
と絶叫したのを思い出した。
前を向いてがんばろう。