拳を固めてサワディカップ21-2
2022年8月24日、タイ・ベトジェットエアVZ-811便で福岡国際空港からスワンナプーム空港へ向かった。
2年半ぶりの待ちに待ったタイ渡航。機内はガラガラだったが、ワクワクして全く寝付けなかった。
久しぶりのスワンナプーム空港は相変わらずきれいで、足への負担が大きいタイル張りの床さえ懐かしい。
空港外のタクシー乗り場脇でまず一服。タイ特有のムッとする熱気の中で吸うタバコがうまい。
博多の友人、ソムさんに日本円とタイバーツを両替してもらったおかげで、両替所には寄らずにエアポートレイルリンク(空港直結の高架鉄道)で終点のパヤタイまで乗車。
パヤタイからタクシーに乗り換え、プラディパッド・ソイ4のグランドタワーイン・ラマ6世ホテルにチェックイン。華僑系のゴージャスなホテルだった。
荷物を整理して屋外プールへ直行。広々としたプールで一時間みっちりと泳ぐ。日本も今は夏真っ盛りだが、やはり日差しの照り付けが全然違う。改めてタイに帰って来たんだと実感した。
部屋でゴロゴロとくつろいでいると青島氏から電話。まだ食事もしていないことを伝えると「少し早いけど夕飯に出かけましょう」と16:00にプラディパッド通りにあるいつものタイレストランで待ち合わせ。
久しぶりに会う青島氏は、趣味の登山での滑落事故後、リハビリやトレーニングをこなしていたらしく、30kgほど減量に成功したという。見違えるほど細く引き締まっていた。
再会の乾杯をして、久しぶりのタイ料理に舌鼓を打ちながら、コロナ中の近況を語り合った。
8月25日、12:00。チョンノンシーの事務所へ行き、大掃除。留守の間にもルームクリーニングを頼んでいたので、そんなに汚れてはいなかった。コロナ禍の間も借り続けているのはもったいなかったが、2年契約のおかげで月額家賃は安かったし、こんなにコロナ禍が続くとは思わなかったので、まぁ仕方ないとしよう。
シーロムで遅い昼食をとっていると、チャッチャイのところに通っているベトナム系オーストラリア人のフン君から電話。
彼と直接の面識はないが、以前、ウイニング社製のボクシンググローブとヘッドギアを購入したいがどうしたらいいかとメールで相談を受けた時、日本で購入してサーサクンジムに送ってあげたことがあった。
「ケンさん、バンコクに来ているんでしょう?僕は毎日練習を頑張っています。ケンさんに指導してもらえるのを楽しみにしていました。何時にジムに来ますか?」
16:00にジムで会おうと約束して、ホテルに戻る。練習着を支度して、タクシーを手配。懐かしのサーサクン・ジムへ向かった。
初めて会うフン君は35歳という年齢が信じられないほど若々しく、笑顔の綺麗な男前の好青年だった。
チャッチャイと再会の握手をすると、
「フンがケンに遭えるのを楽しみにしていたらしい。積もる話はあとにして、早く着替えて彼にコーチしてやってくれ」
ニヤニヤしながらフン君のほうを見て顎をしゃくった。フン君はグローブをはめてヤル気満々の様子。
170cmそこそこなのにウエルター級だというフン君は案の定、力任せに強打をふるうブルファイターだった。
基本のステップからキレのある左ジャブ、頭の振りをみっちりと教え込んだ。飲み込みの早いフン君は見る見るうちに教えたことを吸収して、構えたミットへ打ち込むパンチも見違えるように鋭くなった。
「スパーリングをお願いします」
というフン君と軽めに2ラウンド。
コロナ禍ですっかり運動不足になってしまっている50歳には5分2ラウンドは果てしなく長く感じられた。
老体に鞭打って、上下の打ち分けやカウンターのタイミングを体で教える。やっとのことで終了のゴングを聞き、リングから降りる階段では膝が笑っていた。情けないにもほどがある。
懐かしい顔ぶれが次々と挨拶に来てくれた。WBAミニマム級チャンピオン、ノックアウトCP・フレッシュマートはいつもと変わらず引き締まった体をキープしている。WBAフライ級世界ランカー、ヨードモンコンも毎日真面目に練習を続けていたという。久しぶりにやってきた無名の日本人トレーナーに変わらぬ歓迎をしてくれたのがうれしかった。
チャッチャイとサイダーで乾杯をして近況を話し合っているとWBCミニマム級チャンピオン、ペッマニーがやってきた。立場が人を作るというのか、以前よりいっそう精悍な顔つきになっていた。
「改めて、チャンピオン獲得おめでとう」
「ありがとうございます。以前、ケンさんから、世界に行くには線が細い、と言われたのが悔しくて筋トレやパワーアップを必死に頑張ったんですよ」
自信ありげに口角を吊り上げて話すペッマニーはチャンピオンとしての自信に満ち溢れていた。
「31日の防衛戦はどう?」
「スパーリングが少なかったので減量が厳しかったです。その代わりたくさん走りこんだので後800gオーバーです」
タイ人にしては慎重な調整だと思った。顔色も悪くない。この調子ならきっと防衛成功してくれるだろう。
全員のミットを持った後、ヘトヘトでホテルに戻る。
冷房をマックスに効かせ、ベッドに倒れこんだ。今日の疲れやコロナ禍の辛いストレスが背中からベッドに染み出していくようだ。
気持ちのいい疲れだった。