拳を固めてサワディカップ22-1
博多で食堂を営むタイ人の友人、ソムさんから相談を受けた。
「今度はいつタイに行くの?財産分けでタイに行かないといけないから、よかったら一緒に連れて行ってほしい。200万バーツ(650万円)近くを日本円に両替して日本に持ち帰りたいけど、一人で限度額以上を日本国内に持ち込むと、たくさん税金を取られてしまうから、手分けして持ち帰るのを手伝ってほしい」
妻とかつてのボクシングの教え子の吉岡君も誘い、みんなで運び屋の手伝いをすることになった。
2022年11月15日、まずはソムさんと二人で、VZ-811便に乗り福岡国際空港を出発。コロナ禍もだいぶ落ち着いてきたせいか、空港も機内もすごい人の数だった。7年ぶりのタイへの帰省だというソムさんは終始嬉しそうにはしゃいでいた。
13:00、バンコク・スワンナプーム空港に到着。空港を一歩出るといつものムッとした熱気が襲ってくる。まずはタバコで一服していると、隣でソムさんがバンコクの空を見上げながら感慨深そうにしていた。ARL(エアポートレイルリンク)でマッカサン駅へ。タクシーに乗り換え、懐かしいLAタワーマンションへ向かう。いつもの仲間と集まっていたホテル1階のWhat’s Up Dogはコロナ禍の影響で閉店してしまっている。スケルトンになってしまった無機質な店の跡地がさみしかった。
チェックインしてまずは部屋でのんびりする。いつもは一人旅なので、同行者がいると何かと気を使うし、リズムも狂うが、最近のバンコク事情はソムさんよりも私のほうが詳しいはずだから、彼女に不都合がないように、しっかりとスケジュール管理や案内をしてあげたいと思う。
17:00、青島氏を誘ってプラディパッドのタイレストランで夕食。子育ての苦労を初対面の青島氏に滔々と語るソムさんだったが、久しぶりの本場のタイ料理に大喜び。仕事が終わった大志君も駆けつけてくれた。隣の屋台村、キャンピング・グラウンドに移動して、お酒が飲めないソムさんを尻目に、酒豪3人はリージェンシー・ウィスキーをとめどなく飲み続けた。
11月16日、7:00起床。プラディパッドのカシコン銀行へ行き、永いこと使っていなかったため凍結されてしまっているソムさんの口座の復旧申請に行く。ほったらかしにしていた残高にはかなりの金利がついていたという。日本の預貯金利率の異常な低さを考えると、海外口座で資産管理をしたほうがいいのかもしれない。今度じっくり検討してみよう。
近所の食堂でカオマンガイの朝食、40B(140円)。これから財産分与の話をしにパトゥムタニに住む姉のところに行くというソムさんにタクシーに乗せた後、ホテルに戻り、プールで1時間泳いでのんびりと日光浴。迂闊にもプールサイドで寝入ってしまったため、13:00に到着する妻の空港への出迎えに間に合わなくなってしまった。
14:00、自力でホテルに到着した妻と、ビールを飲んでいると、WBC(世界ボクシング評議会)の関係者のキアット氏から電話。
「タイに着いたようだね。奥さんも一緒だって?それなら好都合だ。早速、今晩食事に行こう」
すぐにラチャテーウィのポーチャナ・レストラン支配人のチャイさんに予約の電話を入れた。
19:00、初めて会うキアット氏は70歳という年齢が信じられないほど若々しく矍鑠としている。大きな手のキアット氏と握手をして妻を紹介する。
「会えるのを楽しみにしていたよ。ずいぶんチャッチャイが世話になっているようだね。これからもよろしく頼む。これはほんのお礼だよ」
とWBCのチャンピオンベルトがプリントされたポロシャツをプレゼントしてくれた。
ほどなくして青島氏も到着。チャイさん自慢のカニ料理やプーパッポン・カリーはどれもおいしかったが、お酒を飲まないキアット氏の前ではなんとなくビールも進まず、紅茶を飲みながらひたすらボクシング談義。
「今、チャッチャイのところにいる二人の世界王者、WBAのノックアウト、WBCのペッマニーをどう思いますか?」
「チャッチャイとケンはうまくやっていると思う。あの二人はこれからも防衛を続けていくんじゃないか。ただし、タイでやっていればいう条件付きだ。彼らはまだ、世界のどこででも勝ち続けられるという盤石のチャンピオンじゃない。スパーリング・パートナーや練習環境をもっと充実させて、Discipline(規律)をもっと叩き込む必要があるね。チャッチャイとケンは、彼らのために自分たちができることを探し続けたほうがいい。もっと貪欲にだ」
キアット氏の英語はとても聞きやすく、話の端々にボクシングへの愛情が大いに感じられた。WBCの活動の一環として、薬物排除、ホスピタリティ事業など、精力的に活躍されているらしい。
「カネにはならないが、まあ、こんな年寄りのわずかなサポートで業界が良くなるならそれもまたよしだな。楽しみは孫や猫と遊ぶくらいだよ」
豪快に笑うキアット氏を見ていると何とも言えないいい気分になった。こういう長老がいてくれるおかげで我々は安心して現場の仕事に専念することができる。お開きになった後、ご丁寧にも青島氏を自宅へ、我々をホテルまで、自身の運転する車で送ってくれた。車を降り、窓越しにガッチリと握手をして再会の約束をした後、走り去る車が見えなくなるまで頭を下げた。