ベストパンチ6
1971年7月10日 メキシコ グアダラハラ
バンタム級10回戦
ルーベン・オリバレス(メキシコ)KO4Rエフレン・トーレス(メキシコ)
メキシコでも盛んな”闘鶏”を意味するバンタム級。この階級にはボクシング王国メキシコが数多くの伝説的な怪物王者を輩出してきた。
その中でもメキシカンが最も誇りにしているのが87勝(77KO)というとんでもないKO率を誇るルーベン・オリバレスだ。
メキシコの田舎町、コロニア=バンドホのガキ大将、オリバレスは幼少のころからケンカ番長。10歳にして酒と女に溺れ、周りの大人が行く先を心配するような少年だった。どうにか町工場の仕事を得、若くして家庭を持ち、何とか最低限の生活ができるかという矢先、オリバレスはこのスポーツと運命的な出会いを果たす。
デビュー以来連戦連勝。日本が誇る名王者、ファイティング原田からタイトルを奪ったライオネル・ローズ(豪州)を滅多打ちにして世界タイトルを奪取した時点での戦績が52戦51勝(50KO)1分。防衛ロードはどこまでも続くかに思われたが、放蕩が祟って意外な短命王者に終わる。捲土重来を狙っての一戦である。
対するは、かつて世界フライ級王者、海老原博幸や花形進と死闘を繰り広げたこともある、前世界フライ級王者トーレス。”アラクラン(サソリ)”のニックネームを持つトーレスも稀に見る強打者で、フライ級に続きバンタム級での2階級制覇を狙っており、生きのいい若手を叩いて偉業達成へのステップアップの一戦としてこの試合に臨んだ。
右を捨てパンチにして、返しの左フックをフィニッシュブローとするメキシカンが多い中、トーレスは珍しく右パンチを決定打とするオーソドックスな選手だった。1ラウンドからトーレスは右強打を狙い、オリバレスもまた、これを警戒。肩越しに被せられないようにいつもよりも左のジャブを長め長めに突いていく。
2回、左フックに対して右を狙い打つトーレスの裏をかいて、オリバレスは軌道を切り替えて左アッパーを一閃。トーレスはもんどりうってダウン。立ち上がったトーレスにオリバレスは嵐のような連打でKO寸前まで追い込む。
トーレスも驚異的な粘りで決死の打ち合いに持ち込み、何とか五分の展開に持ち込んだが、4ラウンドにオリバレスの身の毛もよだつようなベストパンチが炸裂した。
ダメージもある程度回復したトーレスがペースを取り戻して右強打をまた肩越しに振るった。
ここまでオリバレスはこれに対してリターンのパンチを放っていたのだがここでディフェンスしながら一歩、バックステップした。
勢いに乗ってメキシカン特有の左フックを放ったトーレスのアゴに、いつもよりコンパクトに腕を畳んだオリバレスの左フックがこれ以上ないタイミングで炸裂した。
全身の力が抜け、半テンポ後、顔面からキャンバスにダイブしたトーレスが10カウント以内に立ち上がったのは驚異的ではあったが、目が飛んでいるのを確認したレフェリーはそのまま10カウントを数え上げた。
荒れ狂う連打でリングサイドのメキシカンを熱狂させてきたやんちゃ坊主オリバレスが、本物の強豪を目の前にして見せたテクニカルな一瞬だった。