拳を固めてサワディカップ22-3

11月18日、8:00起床。妻と二人で朝食がてら、ホテルから20分ほどのムアンタイパトラ市場へ散歩する。

40B(160円)のガパオライスと50B(200円)のガイヤーン(タイ風焼き鳥)をチャン・ビールで流し込むと、もう腹いっぱい。腹ごなしに市場の中をうろうろ歩き、ホテルに戻ったのは11:00近くだった。

12:00にみんなが部屋に集まるので、プールは30分ほどで切り上げた。物足りなかったが、今回の旅はこれがメインイベントなのでここは我慢。

12:00ジャスト、ソムさん、吉岡君が部屋にやってきた。色々調べた結果、一番、両替のレートがいいのはタニヤにある酒屋兼、外貨両替所のタニヤ・スピリッツ。数百万円分のタイ・バーツを抱えたソムさんを護衛するように前後をキョロキョロしながらMRT(地下鉄)スラサック駅へ。

緊張感の為か、シーロム駅までの30分がいつもより長く感じられた。タニヤ・スピリッツに着いて、順番待ちをしている間にも、吉岡君が店内で、私が店の前で、こちらをうかがっている人間がいないかと周りにいる人間を片っ端からジロジロと睨みまわす。周りからすると、こちらのほうがよっぽど不審者に見えたに違いない。

本音を言えば、このくらいの金額なら、多少の手数料がかかっても、安全管理も含めて、オンラインで換金したほうが何かと都合がいいはずだ。まぁ、自分のお金ではないから、今回はソムさんの意向を尊重するしかなかった。

無事に両替が済んだ。ほっとしたのもつかの間、やはり我々は日本人。バーツを持っているよりも円を持っている方が、現実味が沸いてますます緊張した。

地下鉄はやめて、GRABアプリで両替所の前までタクシーを横付けさせて乗り込んだ。

ホテルに戻り、みんなで札束勘定。まるで、海外を拠点とする犯罪者集団の様だ。均等に4等分して運び屋作業終了。後は帰国後にソムさんにここで預かった日本円を返却するだけだ。

14:30、タクシーを手配してサーサクン・ジムへ。昨日、少ししか選手たちの練習を見られなかったので、今日はしっかりやろう。

WBA(世界ボクシング協会)ミニマム級チャンピオン、ノックアウトCPフレッシュマートと7ラウンズのミット打ち。彼は本当にパンチがある。一見スピードはないが、ハンドスピードが異常なくらい速い。彼の体のリズムを見てパンチを受けようとすると、思いのほか速いパンチのスピードに受け損ねることがある。これは対戦相手からしても同じだろう。「遅いのかな?」と思いきや、半テンポ速くパンチが飛んでくる。とびぬけたテクニックがあるチャンピオンではないが、これは彼だけが持っている大きな武器だろう。

とはいえ、攻撃のパターンが多いに越したことはない。上下の打ち分け、フェイントからのカウンター、ロープ際での体の入れ替え等、細かいテクニックを教え込んでいく。運動神経に加え、彼の向上心の高さからか、教えたことを片っ端から吸収していく。

昨日のシリモンコンとのスパーリングのおかげで、全身ガタガタのコンディションだったが、泣きを入れるわけにはいかない。キアット氏の言葉が頭によぎる。

「彼らのために自分たちができることを探し続けたほうがいい。もっと貪欲にだ」

実にしんどい作業だが、こうして現役の世界王者の指導ができること自体、光栄であり、夢のような話だ。老体に鞭打って世界王者のパンチを受け続けた。

WBAミニマム級スーパー王者のノックアウトは2023年2月に、WBAミニマム級レギュラー王者のエリック・ロサ(ドミニカ)との統一戦が予定されているという。サウスポーのロサはエネルギッシュで手ごわい相手だが、これからもノックアウトの戦力を上げて、タイトルを守り続けたいと思う。

ホテルに戻り、みんなでインタマラ47にある、La Bonne Cafeで夕食。初めて利用したが、オープンテラスのお洒落なレストランだった。普段は食事にこだわりもなく、そこらの屋台で済ませるのが好みだが、今日は女性が二人もいるのでたまにはこんな店もいいだろう。屈強なオカマのウエイトレスが勧めてくれた料理はどれもおいしかった。

食事があらかた落ち着いた後、今日帰国の吉岡君にタクシーを準備して、運転手に行く先を告げる。たった一泊で海外旅行する彼の気持ちはどうしても理解しがたかった。運び屋の手伝いをして、シリモンコンにしこたま殴られて、たった一泊で帰国。どう考えても理解しがたい。人には人の事情や考え方があるのだろう。

今回は本当に助かりました。ソムさんも感謝していました。吉岡君、本当にありがとう。

吉岡君を見送った後もソムさん、妻との三人で飲み続けた。

女手ひとつで子供を育て続けたソムさんの話はさすがの迫力があった。日本人が経営する食堂に嫁いで2女に恵まれるも、旦那さんが死去。二人の子供を育てるために、たった一人で引き継いだ店を切り盛り。「遊びも知らない」「おしゃれも忘れた」と子供たちの為だけに毎日店に立ち、まぶしい笑顔で

「毎日幸せよ」

いつ会ってもそう言い続けている。もう10年の付き合いになるが、泣き言は一度も聞いたことがない。

本当にいい友人を持ったと思った。

「旦那はお酒で亡くなったから、もういやよ、あんな思いをするのは。高山さん、お酒で体壊さないようにね、まぁ、無理か」

甲高い声でハッハッハ、と笑うソムさんの顔は明るいような悲しいような、言っていることは、希望の様で捨て鉢の様で、きれいごとじゃなかったから、この人とずっと付き合っていきたいと思った。