拳を固めてサワディカップ22-4

11月19日、9:00起床。ホテルの部屋のカーテンを開けるともうすでに日差しが眩しい。
朝食は後回しにして、プールへ直行。1時間みっちりと泳ぐ。さらにプールサイドのリクライニングで1時間くつろぐと、全身真っ黒に日焼けをしてしまった。

今日は妻とソムさんが、二人でタイドレスを仕立てに行くという。毎年、福岡で開催される、博多どんたく港まつりで行われるタイ・パレードに参加するためのタイドレスらしい。おかげで今日は一人気ままな自由行動。ジムまでの時間、近所を散歩したり、近所の市場でいろいろと物色したりして、ぶらぶらと過ごした。

14:00、少し早めにホテルを出て、ジムに行く前にオカマの友人、マイラヤーのいるタイ・マッサージへ向かう。

久しぶりに来るラチャテーウィはもうすっかり活気を取り戻していて、ビジネスマンや女学生たちでにぎわっていた。

2年半ぶりに再会したマイラヤーは相変わらず元気そうだった。コロナ禍の間、しばらくは仕事がなくて大変だったそうだが、オカマ・ネットワークを駆使して、ドバイでのお金持ち連中が集まるパーティで、コンパニオンの仕事にありついて、今ではなかなか景気のいい毎日を過ごしているという。

マイラヤーのマッサージで気分も体もすっきり。再会の握手をして、タクシーでサーサクンジムへ出発。

ジムへ着くと、ゴンファー、ノックアウト、パンヤー、ヨードモンコン達、いつもの顔ぶれと握手。コロナ禍でタイになかなか来れなかった間に、10代の若手がずいぶん増えた。

長身のフライ級、キティデック、ずんぐりしたフェザー級のボー、元ムエタイチャンピオンのアナッタチャイ、ムードメーカーのダオ、モデル並みの長身美男子のジャスティンなど、楽しみな連中だ。みんなはしゃぎながらもよく練習する。昔と違って貧困層のハングリーな子ではなく、きちんと高校や大学に通っていたりする中流層以上の子なので、昔のボクサーのような瞳の奥にどんよりとした暗い光を宿している子なんか一人もいやしない。みんな明るくかわいい子たちだ。

当然、こちらの指導も口うるさく厳しいものではなく、いいところを伸ばし、時折笑顔を交わすアットホームなものに変わっていった。これも時代の趨勢だろう。昔は昔、今は今。今現在の最善を模索しながら頑張っていこう。

ひととおり指導が終わると、チャッチャイがサイダーを持ってきてくれて二人で乾杯。いやに神妙な顔をしている。

「うちには今、WBAのノックアウト、WBCのパンヤー、二人の世界ミニマム級チャンピオンがいるだろう。コロナが明けて海外渡航の制限がなくなってくれば、今後は世界中から挑戦者が現れる。今現在、日本に手強い時期挑戦者候補がいるだろう?」

「優大、銀次朗の重岡兄弟のことか?あの二人はアマチュア時代から見ているが、ふたりとも確かに強い。バカ正直にボクシングをしたら、今のままではまず勝てない。彼らのスピードやテクニックに張り合おうとして中途半端になるよりは、うちの二人の長所を最大限に伸ばしたほうがいいと思う。あの二人は間違いなく挑戦者として我々の前に立ちはだかる時が来るだろう。今のうちから準備をしよう」

「ノープロブレム。我々はどこの誰にも負けないよ」

相変わらず、チャッチャイの自信はすごい。

「根拠は?」

少し意地悪にそう聞くと、入口のほうに歩いていき、もっさりとした一人の男をこちらに連れてきた。

「彼はタイ在住の南アフリカ人。もう引退したが元プロボクサーだ。トレーナーをやりたいと言っているので、今、修行をさせているところだ。指導の筋は悪くない。俺とケンのボクシングのセオリーを彼にみっちり教え込んで、我々のチームの一員にしようと思っている」

男は手を差し出して、

「初めまして。ワシムといいます。ケンさんの話はチャッチャイからよく聞いています。二人のボクシングをしっかり覚えてトレーナーとして頑張ります。距離感やタイミングなどのメソッドを共有しましょう。ケンさんが不在の時でもしっかり指導できるように」

ガッチリと握手をした後、ワシムがミットで指導するところを見せてもらった。少し距離が近いが、リラックスしたいい指導だと思った。チャッチャイが筋がいいというのもよくわかる。打ち終わりに必ずサイドステップさせるところも気に入った。

練習後、ワシムを近くの市場に夕食に誘い、ファイトスタイルや指導の方針などを話し合った。頭の回転の速さに加えて、たくさんの試合を見てしっかり研究しているのがよくわかった。

「毎日来れるのか?」
「問題ありません、自宅はジムの向かいのコンドミニアムです。朝練のメニューなども教えてください」

朝の走らせ方や、各選手の長所と課題などをみっちりと教え込んだ。話を聞きながらすべてスマホにメモを取る熱心さに安心した。選手ともっとコミュニケーションをとれるようにタイ語も猛勉強しているという。まだ30歳の彼がこの情熱を持ち続けてくれたらこんなに頼もしいことはない。選手同様、彼を指導者として大事に育てよう。

ホテルに戻り、ソムさん、妻との3人で最後の晩餐に向かう。ソムさんは疲れながらも久しぶりのタイで、家族とも再会できたと嬉しそうだった。なかなかの珍道中だったが、いつもと違った気分で楽しかった。

今年はこれが最後の訪タイになるだろう。後ひと月で今年も終わる。当分来れないだろうと覚悟していた訪タイがまた始まった。ブランクの影響で体がなまっていたり、選手が投げやりになってやしないかなどの不安もたくさんあったが、蓋を開けてみると、離れていてもみんな同じことを考えていた。うつむかないで前を見ていた。

止まっていた時計の針が動き出したような気がした。