拳を固めてサワディカップ23-1

2022年は最後まで忙しかった。2023年1月23日に行われる沖縄での興行。平仲ジムからの依頼で、タイ人ボクサーのマッチメイクをしていた。コロナ禍前には就航していたピーチ航空の那覇ーバンコク便がなくなったため、福岡経由で招聘することになった。正月休みをはさんでしまうと、JBC(日本ボクシングコミッション)の承認を取り付けるのにタイムリミットはスレスレになってしまう。どんな不慮の事態が起こるかわからないので、こういった手続きは時間の余裕を持って片付けておきたい。平仲ジムのマネージャーを急かして何とか年内に承認をもらい、まずはひと安心。タイの友人、サイトーンが手ごろな選手を用意してくれたが、正月をはさむと暴飲暴食などでウエイトが増えすぎてしまわないか、心配の種は尽きない。

1月11日、8:45、エアアジアFD237便に乗り込み、福岡国際空港を出発。現地時間12:40、久々のバンコク・ドンムアン空港へ到着した。スワンナプーム空港はきれいな空港だが、広すぎるし、床がタイル張りなので、歩き回ると足腰の負担が大きい。ドンムアン空港のほうが、床も柔らかく、イミグレーションも人が少ない上、街中へのアクセスもよく、個人的にはこちらのほうが好みだ。

スマホのシムを買い、喫煙スペースで恒例の一服。真冬の日本から灼熱のバンコク。ギラギラと照り付ける太陽が心地いい。タクシーを拾い、ラムルッカのトリプルツリー・ホテルへ向かう。

いつもはバンコク中心部に宿をとるのだが、今回はサーサクン・ジム近くのホテルにした。ジムから徒歩10分のプールもない、レストランもない、ナイトスポットどころか、バーの一軒もない、ないない尽くしの、郊外の住宅街にある、利便性の悪いパッとしないホテルだが、今回は指導がメインの滞在にしようと決めていたので、ボクシング漬けの5日間を過ごす覚悟はできている。

14:00、ホテルに到着。やはりというか、本当に何にもないホテルだった。10畳ほどのスタジオタイプの部屋は実に簡素で、ルームサービスも冷凍食品のレンジでチン。まさに寝に帰るだけの質素な部屋だった。

文句ばかりも言ってはいられない。さっさと支度をしてジムへ向かう。

ジムに着くと、プロの選手たちは勢ぞろい。正月ボケしてるのかと思いきや、選手たちは引き締まった体のままで、一心不乱に汗を流している。頼もしい限りだ。

新年のあいさつもそこそこに、早速、特訓開始。まずはヨードモンコン。まだ流動的だが、ノックアウトのWBA(世界ボクシング協会)ミニマム級王座統一戦がアメリカで行なわれるその前座で、出場する話が来ているという。アジアのボクサーが、本場アメリカで試合をするということは、現地のホープの踏み台として呼ばれるマッチメイクなのだろう。ヨードモンコンはWBA世界フライ級暫定王座から陥落したとはいえ、ランキングは現在第3位。まだまだ終わった選手などではなく、王座奪還を虎視眈々と狙っている。

運動神経に恵まれ、センスもいいヨードモンコン。安定したボクシングを見せるいい選手だが、逆に言うと、まとまりすぎて意外性や爆発力に欠ける。今回の滞在で、はっきりとした目に見える武器を身につけてもらいたい。上下の打ち分け、仕掛けるタイミングのセットアップをみっちり教え込む。

たっぷり8ラウンズ、ミットを受けたが、タイ人特有の一休みの時間が長い。体というよりメンタルのスタミナがない。

「朝、どんな走り方をしてるんだ?」
「家庭と仕事を持っているので、朝は合同朝練ではなく、自宅の周りを10kmほど走っています。日曜日以外は毎日です」
「ただ、淡々と10kmの距離を走っているんじゃないだろうな?一度走り方を見たい。面倒だろうけど、時間のやりくりをして、明日から毎朝6:00にジムに来なさい」

ヨードモンコンは、一瞬、うんざりした顔をしたが、

「勝つためだろ?もう一度チャンピオンに返り咲けば家族も喜ぶし、その時に全部報われる。面倒くさがらないで一緒に頑張ろう。どうせやるなら質の高い練習をしよう」

そう言うと、透き通るようなきれいな瞳で力強くうなずいた。

WBA王者、ノックアウトのミット打ちは圧巻だった。以前にも増してパンチ力が上がったような気がする。その独特のタイミングで打ち込まれる右ストレートで2回、ミットを吹き飛ばされた。

「ずいぶんパンチついたね。どんな練習をしてた?」

「練習の仕上げに毎日4ラウンズ、思いっきりサンドバッグを叩くようにしました。ケンさんが言っていた、ロングは中指、ショートは薬指と小指のナックルでヒットさせることを気を付けてやっていました。毎日打っているとその意味が分かりました。この打ち方は効きますね。スパーリングでも狙って倒せるようになったんですよ」

得意気に話すノックアウトがかわいかった。サウスポーのエリック・ロサ(ドミニカ)対策に、いきなりの右を徹底して教え込んでこの日は終了。

気合を入れすぎて指導したせいか、練習後の体重が3.5kgも減っていた。道理で少しクラクラするはずだ。

外食に行く元気もなかったので、コンビニでパンとビールを買ってホテルに帰還。

ビールを少し飲んでベッドに横になり、明日からの朝練のメニューを考えていると、5分もしないうちに深い眠りについた。