拳を固めてサワディカップ23-2

1月12日、5:30起床。狭い部屋でエアコンを点けたまま眠ってしまったので、体がすっかり冷えてしまっていた。少し鼻かぜっぽい。熱めのシャワーを浴びるといくらか回復した。

少し薄暗い中、歩いてサーサクンジムへ向かう。6:00ちょうどにジム前に到着。まだ選手は誰も来ていない。

ストレッチをしていると、ヨードモンコンがバイクに乗ってやってきた。

「まずはいつものように走ってみて」

ストップウォッチを片手にヨードモンコンが走るのをバイクで並走。1周600mのラッサワイ市場をまずは5周させる。

思った通りだ。淡々と同じペースでジョギングしている。

大体50mから100mおきに号令をかけ、ダッシュを交える。慣れてきたところで、S字に走らせたり、バックダッシュを織り交ぜていく。ポーカーフェイスのヨードモンコンが必死の形相になっている。号令がかかると予測のつかない走り方にすぐさまチェンジするため、心身ともに疲れてしまうようだ。

10km外周を走り終えると、ストレッチの後、20本の50mダッシュ。案の定、40mあたりから減速して、50mのゴール地点で停止する。

「キック(ヨードモンコンの愛称)、おれは50mをダッシュしろと言っている。今の走り方は実質40mしかダッシュしてないよな?50mを全力で駆け抜けろ。すると、勢いでもう10mほど走ることになるだろう?これが他人と差をつける積み重ねだ。自分を厳しく追い込んで質の高いトレーニングをしよう。たった少しの差を出し惜しみしてケチるかどうか、これが後々大きな差になって自分を助けてくれる。これが一流とそうでない者を分ける大きな差だ」

歯を食いしばり、ヨードモンコンは走りぬいた。走り終わった後も朝練は終わらない。瞬発力をつける膝胸ジャンプを50回を4セット。体幹トレーニングに筋力トレーニング。たっぷり1時間半、中身の濃い朝練が終了したとき、世界王者パンヤーやノックアウト、ジムの若手たちが集まり始めた。

集合時間がバラバラなのが気になったが、あまりうるさく言っても仕方ない。へとへとになっているヨードモンコンを見て、「どんな練習をしたんですか?」とみんな興味津々の様だ。

「キック、彼らに練習の内容を、口で教えてはいけないよ。彼らがそれを知りたかったら、決まった時間にキチンとやって来て、キックの背中を見て学んだほうがいい。君がリーダーとして彼らに背中を見せなさい。自主的に強くなるというのはそういうことだ」

「朝からこんなに中身のつまった練習をしたのは初めてです。きついけど、練習の質をもっと上げないといけないなと実感しました。夕方のジムワークの指導もお願いします」

汗だくのヨードモンコンにペットボトルの水を頭からかけてやると、気持ちよさそうに天を仰ぎ、白い歯を見せて笑った。

すっかり昇った朝日が眩しかった。今日も暑くなりそうだ。

ラッサワイ市場は朝食の買い出しの客で早くも賑わっている。焼き鳥とフライドチキン、ビールを買い、ホテルに戻りシャワーを浴びてから朝食。遊ぶところもないので、窓際の小さなテーブルにタイ語の参考書を広げて、タイ語学習に精を出すことにする。少し怠けると、あっという間に単語や発音を忘れてしまう。今回は時間もたっぷりあることだし、たまには真面目に勉強しよう。

電話が鳴り、ふと時計を見ると15:00.6時間近く没頭していたようだ。電話に出ると、FACEBOOKの知人の中国人、ウォンからだった。

「ケンさん、初めまして。私は今、仕事で名古屋に来ています。ケンさんは福岡にいるんでしょう?これから福岡に会いに行きたいと思っているのですが、ご都合はいかがですか?」

「残念だけど、今バンコクにいる。何か用事?」

「お話ししたいことがあるんです。これからバンコク行きのチケットを手配します。着いたら連絡しますから、少しでいいから時間を作ってください」

ずいぶん行動力のある男だなと思った。何の用事かはわからないが、サーサクンジムの場所を伝えて電話を切った。

16:00、支度をしてサーサクンジムへ。ジムへ着くとすでにヨードモンコンは汗だくになってサンドバッグを叩いていた。早速着替えて5ラウンズのミット打ち。朝練の疲れが残っているのか、動きやパンチに切れがない。

「朝の疲れが残っているんだろう。むきになって力んじゃいけないよ。やったことの結果が出るのは少し後だ。毎日毎日積み重ねていくことで、後日、自分でもびっくりするくらい思ったことができるようになっていくんだから、根気よく頑張っていこう」

もともとセンスの塊のような選手だ。1か月もすると彼の戦力は飛躍的にアップしているだろう。

若手たちのパンチをひと通りミットで受けて今日の練習は終了。帰り支度をしていると、チャッチャイから、

「ケン、夕飯がてら近所のビリヤード場に行こう。世界大会も行われる名門クラブが近くにある。レストランもあるから、そこで今後の打ち合わせをしよう」

と誘われた。

フン君も誘って、チャバ・スヌーカーへ。店の中はなかなかの賑わいで、みんな楽しそうにカネを賭けてビリヤードに興じている。チャッチャイが支配人や常連の数人に、日本の友人だと紹介すると、

「よく来たね。チャッチャイがお世話になっているようだね。ビールでも食事でも何でも好きなものを注文してくれ」

とトムヤムクン、焼きエビ、ホイトート(牡蠣の卵炒め)など、テーブルいっぱいの食事をごちそうしてくれた。

久しぶりのビリヤードを楽しみながらの、楽しい晩餐だった。