拳を固めてサワディカップ23-3

1月13日、5:30起床。肌寒い中、熱めのシャワーを浴びてサーサクンジムへ向かう。

6:00ジャストに到着すると、ヨードモンコン、ノックアウト、ダオ、ボーの四人が早くもストレッチをしている。感心感心。

ジムの外周を1時間たっぷりと走らせた後、ダッシュ20本に筋トレ。南国タイの眩しい朝日が昇るころには、ラッサワイ市場にいつもの活気があふれている。

ジムの中で、2ラウンドずつ、代わる代わるプロ選手たちのミットを受ける。しっかり走りこんだ後なので、皆、エンジン全開で、構えたミットに頼もしいパンチを打ち込んでくる。風通しの悪いジムの中で、みんな汗まみれになるまで頑張った。

隣の市場で、焼き鳥を買い込み、みんなで談笑しながらつついていると、WBCミニマム級チャンピオンのパンヤー(リングネーム、ペッマニー・CPフレッシュマート)がやって来て外周を走り始めた。みんなに気のない感じの挨拶をして走り始めたのが少し気になった。そういえば、パンヤーがみんなと親しげに会話しているところを、あまり見たことがない。もともと社交的なほうではないパンヤーだが、あまりのよそよそしさに少し心配になる。

みんなが解散したところで、パンヤーが走り終えて帰ってきた。3ラウンズのミットを持ち、左回りのステップ・ジャブをみっちりと教え込んだ。

9:30、ホテルに戻り、シャワーを浴びて少しベッドで横になってから、窓辺のテーブルに参考書を広げ、英語とタイ語の勉強。プールがないのがさみしいが、おかげで今日も勉強がだいぶはかどった。

泳いでいないから腹も減らず、昼食をとるのも忘れて没頭していると時間はもう15:00。チャッチャイから電話があり、すぐにジムに来てほしいという。

ジムに着くとチャッチャイの隣の恰幅のいい中国人が緊張した面持ちで右手を差し出した。

「ケンさん、初めまして。ウォンといいます」

握手をしてお互いに自己紹介する。

聞けば、彼はプロスポーツが全面的に解禁になった中国・深圳でマネージャーをしているという。

「中国は元々、アマチュアには力を入れていて、オリンピックや世界選手権一筋に頑張ってきましたが、今後はビッグマネーを稼ぐことができるプロの世界に、本格的に参入しようと思っています。いい指導者もいるのですが、彼らはアマチュアでの戦い方しか知りません。プロの世界で勝ち上がっていけるよう、プロのテクニックやキャリア作りをケンさんにお願いできないかと思って今回、押しかけてきた次第なんです。今回、うちの生え抜きを二人連れてきているので、練習を見てもらえませんか?」

振り返ると、鏡の前で全力でシャドーボクシングをしている二人の中国人ボクサーがいた。燃えるような目で、火の出るような激しいシャドーボクシングだ。

彼らの近くに行って、しばらくその動きを見ていて驚いた。

普段どんな走り方をしているのだろう。ふくらはぎの盛り上がり方が尋常じゃない。この筋肉のつき方はただのアスリートではない。トップレベルの軍隊のような鍛え方をしないと、こんな筋肉がつくはずがない。汗でびしょびしょになったTシャツを脱がせて上半身を見てみると、思ったとおり、素晴らしい体を作っている。

ミットを持ってみると、案の定、呼吸もせずに、歯を食いしばって力任せにパンチを打ち込んでくる。すごい威力だがモーションが大きく、無駄な動きが多い。体も硬いが、それを余りあるパワーが十二分にそれを補っている。

グローブを着けて、彼らとマスボクシングをした。パワーはすごいが、あまりにも無防備すぎる。ジャブをカウンターする。よける気配もパンチを殺す様子もない。

右ショートを、左フックをカウンターする。まっすぐに受け止め、首で耐え、鼻血を垂らしながら、にやりと笑っている。

「なんだこれは」と思った。

ウォンの顔を見ると、「どうです?すごいでしょう」という顔をしている。

これはボクシングじゃない。ただの暴力装置だ。いつかテレビで見た北朝鮮の軍隊を思い出した。ただひたすら肉体を痛めつける鍛錬をして、ダメージにひたすら耐え続ける。そこには美しさのかけらもなく、見ていて気持ち悪くなったのを覚えている。

まず、体を振ることを教え、パーリングやブロッキング、後ろ足のピボット・ターンと、この日はディフェンスの基本を教えたところで終了した。

ウォンと扇風機の前でコーン茶を飲みながらボクシング談義。世界には、いろんな国のいろんな指導方法があるもんだと感慨深かった。

「この二人はしばらくタイに残らせますから、ケンさんが帰国するまで、ここで毎日指導してくれませんか」

やる気満々の向上心の塊のような彼らを教えない理由はない。

「まず、早速明日の朝から朝練に参加しなさい」

彼らのフィジカルの強さはタイの選手たちにも大いに刺激になるはずだ。

シャワーを浴びて帰り支度をしていると、チャッチャイが小さく耳打ちしてきた。

「来月2月にここでまた興行をやるから、あの中国人二人を試合で使ってみようよ。まず、タフなのが気に入った。たった数日間だけど、ケンが基礎をみっちり教えたらあの二人は面白いと思う」

いい案だと思った。チャッチャイがこれからプロモーターとして力をつけていくためにも、海外の選手のマネージメントをするのも悪くない。

残り数日だが、精一杯頑張ってみよう。