拳を固めてサワディカップ23-4

1月14日、5:30起床。朝練の監督にサーサクンジムへ向かう。曇り空だが、雨が降るほどではなさそうだ。

ジムへ着くと、ヨードモンコン、ペット、ノックアウト、ダオ、キティデック、そしてウォンの選手、ヤン・チェンチェンが勢ぞろい。みんな仲良く10kmのロードワーク。先日教えた通り、いろんな走り方を織り交ぜた中身の濃い、いいランだ。

ロードワークが終わった後、50mダッシュを20本。やはり、ヤンのダッシュは圧巻だった。ラストの20本目もバテることなく、他を寄せ付けないぶっちぎりの見事な走りだった。遅れてゴールしてくるタイ選手たちを見下すような目で見るヤンが不遜に見えないこともないが、アスリートたる者、このくらいの気概があったほうがいい。

ジムで全員のミットを持ち朝練終了。

ホテルに戻り、長めのシャワーを浴びて気分もすっきり。今日は土曜日だから、勉強は昼までに切り上げて、チャトゥチャック市場にでも遊びに行こう。

タクシーを手配して市場へ向かおうとしたが、ドンムアン経由は大渋滞の様で、仕方なくラップラオ経由の大回りで行くしかなく、チャトゥチャック市場に着くのに1時間半もかかってしまった。

久しぶりのチャトゥチャック市場はいつもの賑わいで、コロナ禍以前のような活気がすっかり戻っている。ココナッツ・ジュース片手に、Tシャツやタイシルクなど、お土産をたくさん買い込んだ。

歩き疲れると、タイマッサージ屋でひと休み。街中よりも少し割高の1時間300B(1200円)だが、相変わらずタイのマッサージの即効性にはいつも驚かされる。肩、背中、腰の疲れがあっという間に消える。なんだか視界まで広くなったような気さえする。

身も心もすっきりしたところで、ホテルに戻り、支度をして午後の練習に向かう。

今日はスパーリングの日だが、ジムへ着くと何やら雰囲気がおかしい。

サーサクン・ジムは会員以外にも観光客用に1DAY会員も数多く受け入れているので、見たこともない外国人が練習に来ていることが多い。この日も数人の白人練習生が熱心に汗をかいていたが、一人の大柄な黒人練習生が奇声を上げながら、タイ人ボクサーたちに絡んでいる。

「誰か俺様の相手をしろ!ビビってんのか!俺様とスパーリングをやれ!」

190cm近い長身のヘビー級の相手をできる選手なんか、タイ人にいるはずもなく、みんな苦笑いして視線をそらしている。

アメリカの軍でアルバイトをしている大学生、ライガーは冬休みを利用してタイに遊びに来たのだという。誰からも相手にされていないのに、ヘッドギアとファウルカップを着け、大騒ぎしながらジムをうろうろしている様がひどくみっともなくておかしかった。

「あのな、見たらわかるだろう。うちの選手は中量級がせいぜいだ。ヘビー級の相手なんかできるはずないだろう。イキがってないで、サンドバッグでも叩いてろ」

そう言ったところにタイミング悪く、190cmのミドル級、ジャスティンが来てしまった。

「ヘイ、ケン、彼なら俺様の相手ができるだろう?」

返事をする間もなく、ライガーはズカズカとジャスティンのほうへ歩み寄る。

みんなが、相手にするなよ、といった視線をジャスティンに送るが、ジャスティンは汚いものを見るような目で、ライガーを見下ろしている。

「どうする?アイツ、つまみだそうか?」

チャッチャイにそう聞くと、

「うるさいからスパーリングやらせようか。ケン、レフェリーをやってくれ」

と、ニヤニヤ笑っている。

気は進まないが、二人をリングに上げ、スパーリング開始。

まあ、ひどいものだった。この日初めてボクシングをしたんじゃないかと思うほど、ひどいものだった。

目をつぶってパンチを振り回し、空振りするとタックル。ロープに押し込んで抱きついたままボディにポコポコとパンチを繰り出す。路上で喧嘩さえしたことないんじゃないかというくらい、みっともないスパーリングだった。

ジムのみんなは声を上げてゲラゲラ笑っている。

サーサクンジムのリングロープは高さが低い。190cmのライガーがジャスティンをロープに押し込むと上半身がはみ出て、リングから落下しそうになる。何度も注意をしたが、ライガーは延々とタックルを繰り返す。来月試合を控えているジャスティンにこんなくだらないことでケガでもされたら、たまったもんじゃない。

「おい、リングから降りろ」
「ノー、勝負はこれからだ!」
「馬鹿言うな。降りろ」

頭とパカンと叩き、尻を蹴ってリングから叩き出した。

本人は勇敢に戦ったつもりなのだろう。

「俺のスパーリング、どうだった?気になったところがあればアドバイスしてくれ」

呆れてものが言えなかったが、本人はいたって真剣。みんなが指をさして大笑いしている中、至って真剣なまなざしで、訴えかけてくるライガーがかわいくなってきた。

「おい、もう一度グローブを着けろ。ミットを持ってやるよ」

お灸をすえるように、1ラウンド5分のミット打ちを6ラウンズやった。最後のほうはすっかりバテてしまい、パントマイムのようなスローモーションなボクシングを正面から見ていると、おかしくて仕方がなく、笑いをこらえるのが大変だった。

練習後もイキがってジムの中でタバコを吸い、また頭をひっぱたかれる。練習道具を床に放り投げて、また一発。何発頭をひっぱたいたか覚えてないくらいだった。

練習後ジムを後にしようとするライガーの後ろ姿に、

「おい、バカ。明日も来いよ」

そう言うと、

「おう!明日こそ皆殺しにしてやる。みんな覚悟してろ」

振り向かず手をヒラヒラさせ、歩き去るライガーの膝が、筋肉痛のため、酔っぱらいのようにフラフラしていた。