拳を固めてサワディカップ23-5

1月15日、5:30起床。朝練を見てからホテルに戻ると、フィリピンの大手、オメガ・プロモーションのラルフ氏から連絡があった。オメガ・プロモーションが抱えるホープ、世界ランキング5位のクリスチャン・アラネタの対戦相手を探してほしいとのこと。

さらに、青島氏からエロルデ・プロモーションからの要請で、フィリピンの新星、アルベルト・フランシスコの対戦相手を探すよう連絡があった。

アラネタは4月1日のセブ、フランシスコは3月27日にマニラでの興行だという。

円安の今、海外で日本人を出場させたほうが、選手の実入りがいい。まずは日本のいくつかのジムへ連絡を入れ、条件や詳細を伝える。世界ランカーが相手とあって、日本のマネージャーたちはいずれも慎重で、さすがに即答というわけにはいかない。アラネタとフランシスコのビデオを送り、返事を待つ。

近所の食堂に飛び込み、遅めの朝食。40B(160円)の激辛ガパオライスが驚くほどおいしかった。
食堂を出ると、風が心地よかったので、1時間ほど、ラムルッカの街を散歩する。オープンカフェでひと休み。マンゴージュースを飲みながら、サイトーンに電話する。1月23日に沖縄の試合に出場するサイトーンの選手、マナットの調子は上々で減量も順調らしい。試合までにベストコンディションを作ってほしいと念を押しておいた。

先輩や関係者諸氏のおかげで、現場のトレーナーからスムーズにマッチメイキングの仕事へ転身できたものの、まだまだ手探り状態で、神経をすり減らす毎日だ。トレーナー時代とは違って、体は使わなくて済むが、考え事や気苦労が段違いに増えた。仲介者の苦労を改めて実感する。

ファンのために、好カードも作りたいし、体を張って戦う選手のために、少しでも多いファイトマネーを約束してあげたい。ボクシング界の為に、前を向いて頑張ろう。

ホテルに戻り、ボクシングの動画を見ながら世界のテクニックを勉強。今日はノックアウトにディフェンスの指導を徹底的にやろう。

16:00、サーサクンジムへ。ヤンの闘志に影響を受けたのか、みな気合の入った練習に取り組んでいた。ラウンド中に雑談することもなく、目の色を変えて練習している。ジムの空気が引き締まり、チャッチャイも満足そうだ。

全員のミットを持ち、扇風機の前でひと休みしていると、日本のマネージャーたちからフィリピンでの試合を断る連絡が続々と入ってきた。まあ、無理もないか。22勝(17KO)2敗のアラネタは危険すぎる。勝てば世界ランクをいただけるというメリットはあっても、敵地である上、判定での勝利は難しく、おのずとKO狙いの厳しい試合になるだろう。対戦を回避する理由はよくわかる。

「フィリピンからオファーが来ているんだけど、うちのゴンファーは出れないかな?」

隣のチャッチャイに持ち掛けてみた。

「面白い話だな。ゴンファーもWBCアジアチャンピオンだったし、好カードじゃないか。ダイヤモンド・プロモーションの上の人間に掛け合ってみるよ」

「フランシスコの相手にうちのヤンはどうだろうか?」

チャッチャイはヤンを手招きして呼ぶと、ヤンに詳細を説明。

「やります。やります。相手は誰でも構いません。ケンさん、今すぐボスのウォンに連絡してください」

目を輝かせてヤンは大乗り気だった。

すぐにウォンに連絡を入れると、ウォンも二つ返事でOK。

「こんなに早く試合を用意してもらえるとは思っていなかったです。必ずいい試合をさせて見せますから、必ずこの話をまとめてください」

師弟そろって気合十分だ。実に頼もしい。すぐに青島氏にヤンの資料を送る。ヤンの試合数やキャリアの浅さが心配だが、ここまでやる気になっているヤンに、ぜひとも試合を作ってあげたい。難しいマッチメイクだが、粘り強く交渉してこの話をまとめよう。

ホテルに戻るとどっと疲れが出た。ベッドで横になりたいところだが、今日は帰国だ。うっかり寝過ごそうものなら目も当てられない。

19:30にホテルをチェックアウトして、最後の晩餐をとるため、ビーさんの待つTジムへ。

スワンナプーム空港はバンコク東部に位置しているため、パトゥムタニ西部にあるビーさんのジムに寄るのは難しかったが、今回はドンムアン空港からの帰国の為、彼のところに行くのに都合がいい。

いつものリバーサイドレストランで、豪勢なタイ料理をしっかり堪能した。聞けば、尿管結石を患い緊急搬送されたというビーさんは一回り痩せていた。

「お互い50台なんだから、体には気をつけましょうね」

永い間、プロスポーツに接し、体も人一倍鍛えてきた我々だが、年齢を考えると、いつどこに不調が現れるかわからない歳になってしまっている。まだまだやりたいことや、やらなければいけないことが山積みだ。若いころはしっかり稼いだ後、42歳くらいでリタイヤして悠々自適に暮らすのが理想だったが、それをするには力不足だった上、今となっては新しい目標までできて、隠居なんて夢のまた夢になってしまった。

機内から美しい夜景を見下ろしながら、これからも続くハードな毎日を想像すると、改めて今、幸せだと思う。