拳を固めてサワディカップ24-4

3月3日、9:00起床。10分ほどの散歩がてら、ムアンタイパトラ市場へ。60B(240円)のカオ・カムー(煮込み豚足のぶっかけ飯)の朝食。食後、市場をうろつきながらお土産を物色し、ラチャダー通りを渡ったところに見つけたタイ・マッサージでリラックス。美容に特化したマッサージ屋だったせいか、1時間300B(1200円)の割には、パワー不足で背中の疲れはあまりとれなかった。

ホテルに戻り、プールでひと泳ぎしていると、チャッチャイから電話。

「今日はパンヤー対重岡のタイトルマッチの、日本のテレビ用インタビューの収録があるから、通訳を頼みたい。何時にジムに来れる?」

今日は日差しが強く、プールサイドでしばらく日光浴をしていたかったが、そういうことなら仕方ない。支度をして、タクシーを手配、サーサクン・ジムへと車を走らせる。

いつもより早く14:00にジム到着。まだ誰も来ておらず、5分ほどジムで待っているとヨードモンコンが疲れた顔でやってきた。聞けば毎日の猛練習で疲れが取れないらしい。リングに寝ころばせて背中を触ってみると、筋肉疲労でガチガチ。脇の下もストレッチがままならないほどに固まっていた。

ジムの前にある、ミントマッサージへ行き、今から3時間、VIPコースのマッサージを二人がかりでやってくれないか、と聞くと、「今日はオーナーが来ているから、最高の施術ができます。お任せください」とのこと。

今日のヨードモンコンの練習は休みにして、疲労回復に専念させることにしよう。

グローブやヘッドギア、ミットに、サンドバッグを磨きながら、みんなの到着を待っていると、チャッチャイが申し訳なさそうな顔で現れた。

「ケン、インタビューの時間と撮影場所が変更になった。スクンビット30のエリートジムで撮影がある。後で車で一緒に行こう。そのあと、ダオがアンバサダー・ホテルで試合をするから、そのまま会場入りしよう」

練習着を持ってきてよかった。タイの約束は本当に当てにならない。なにせ、試合会場が前日に変更になったこともあるくらいだ。彼らのおおらかさというか、ズボラさにはもうすっかり慣れてしまっていたから、念のため練習着をもってホテルを出ていた。

せっかくだからと練習着に着替えて、フン君やキティデックのミットを10ラウンドほど持ったところで、

「そろそろ出発しよう」というチャッチャイの車にみんなで乗り込んだ。

早めにジムを出て大正解。ラムカムヘーンあたりで高速を降りてからまれにみる大渋滞。車を捨てて歩いたほうが速いんじゃないかというくらい、混んでいた。2時間ほどかけて、やっとエリートジムに到着。テナントビルの最上階にあるジムは開放的で実におしゃれなジムだった。

「ケン、久しぶり」

振り返ると、トレーナーのワシムが手を振っている。そういえばワシムに会うのは久しぶりというか、サーサクン・ジムでしばらく顔を見ていない。聞けば、ビザの関係で、どこかに所属して就労をする必要があったらしく、本業を持たずに、ボランティアでサーサクン・ジムでトレーナーをしていてはビザの申請に不都合があるのだという。個人的にインターネットを使ったビジネスはしているとのことだが、それはビザを申請するに値しない業務で仕方なかったのだと一生懸命、説明をしていた。

チャッチャイと喧嘩別れをしたわけではないようなので、まずはひと安心。このジムのオーナーは格闘技選手育成にとても熱心で、ファラン(白人)を中心とした、チーム・ワシムを結成し、各イベントに名乗りを上げるのが当面の目標なのだという。

そうこうしているうちに、インタビュアーとカメラマン、通訳が到着。リングをバックにインタビューが始まったが、インタビューに答えるパンヤーの声が情けないくらい、か細い。何度も何度も取り直して、テイク20くらいでやっと撮影完了。

ジムの隅で煙草を吸っていると、ワシムが寄ってきた。

「ケン、ここは総合アスレチック・ジムで、俺は今、格闘技部門を任されているが、まだまだ指導に自信がそれほどない。できればバンコクに来た時に一緒に手伝ってくれないか?」

「アホなこと言わんでくれ。チャッチャイのところで手一杯だよ」

ワシムの選手とワシムをリングに上げ、ミットを持つ際の角度や位置、タイミングを繰り返し教えた。

17:00、エリートジムを後にして、ナナ駅近くのスクンビット4へ向かう。試合会場のアンバサダーホテルの駐車場へ入ろうとしたが、フォード製の背が高いチャッチャイの車が天井に引っかかって入れない。仕方なくアソーク駅にある、ターミナル21の立体駐車場に車を入れる。

「まだ時間があるからメシでも食っていこう」

とターミナル21のMKレストランで早めの夕食。自分の選手の試合前に、満腹になるまで食事をするなんで日本では考えられないことだった。ここでもリラックスに対するお国柄の違いを実感した。

19:30、第4試合にダオが出場。相手はワシムの教え子のフランスの選手。久しぶりのセコンド作業でワクワクした。コーナー下から見上げるリングはやはり何とも言えない。

一進一退の熱い試合で、ダオもよく頑張ったが、サウスポーの相手を持て余した結果、二度のダウンを食らった挙句の判定負け。昨日の試合と同じで、赤コーナーのファランたちが勝つように組まれているマッチメイクで、我々青コーナーのタイ人たちはこの日も負け続けた。

控室でダオのバンデージを外していると、ダオがふいにポロポロと涙をこぼし始めた。

「ケンさんがいたのに・・・ケンさんがセコンドについてくれていたのに・・・」

「仕方ないよ。もっとしっかり練習して強くなれば、もっと大事にしてもらえる舞台に出られるんだよ。脇役だったけど、よく頑張った。またたくさん練習して次は勝つんだよ」

そう言って、頭を抱くと私の胸に顔をうずめて号泣した。

控室のみんなが驚いてこちらを振り返るほどの号泣だった。

またすぐにタイに帰ってくるよ。目の色を変えて頑張るダオを楽しみにしているよ。