拳を固めてサワディカップ26-1

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2023年6月23日、9:00、明日行われる元WBCフライ級チャンピオン、比嘉大吾(志成)対元WBAフライ級暫定チャンピオン、シリチャイ・タイイェン(リングネーム:ヨードモンコン・CP・フレッシュマート)のセコンドのため、福岡空港から成田空港へ出発した。

成田空港から成田エクスプレスに乗り、急いで計量会場へ向かったが、タッチの差で間に合わなかった。仕方がないので、蒲田のホテルにチェックインするとすぐに、青島氏から電話があった。計量は一発でパス。検診も問題なく、本人も元気そうだとのことで少し安心した。

せっかく蒲田に来たので、駅前で待ち合わせした青島氏と一緒に、RKボクシングファミリージムの柳光会長に会いに行ったが、あいにく所用で外出中とのことだった。蒲田の街をひととおりぶらついた後、シリチャイ、チャッチャイ、スィアタンたちを誘って、蒲田駅前商店街のホルモン屋で食事をとる。

シリチャイは計量のあと、水分を取りすぎたせいか、顔がずいぶんとむくんで見える。今回は2階級上のバンタム級での試合だから、通常よりは楽な減量で脂肪が落ちきれなかったのかもしれない。何はともあれ、話す声にも元気があり、体調は良さそうだ。念のため、香辛料を使った料理は避け、炭水化物を多めに取らせてホテルに帰した。

6月24日、試合当日。13:00に陣営が泊っているホテルのロビーで待ち合わせて、徒歩10分の大田区総合体育館に向かう。シリチャイも昨日はぐっすり眠れたようで顔色もいい。

まずは、前座のタイ人、プラティット・チンラムが木元紳之輔(角海老宝石)とのスーパーバンタム級8回戦のリングに上がる。スピードの差は歴然で、2ラウンド、ボディブローでノックアウト負けした。

長い休憩時間を経て、19:20、リングインする。この日のメインイベントは、WBAスーパーフライ級タイトルマッチ、チャンピオン、ジョシュア・フランコ(米)対井岡一翔(志成)のため、さすが会場設営や入場演出も派手なもので、花道を歩いていて気持ちがよかった。

試合の10分前に急遽、メインセコンドをするように言われたので、少し慌てたが、リングの中で見る比嘉大吾は剛腕ハードパンチャーのイメージとは違い、思ったよりも小さく見えた。

第一ラウンドのゴングが鳴る。想像していた以上に序盤の30秒は静かな立ち上がり。

戦前、比嘉の情報を必死で集めた。比嘉のかつての対戦者たち曰く、

「比嘉のパンチは重くない。切れるパンチだ」

皆、口をそろえてこう言っていた。切れるパンチなら、アゴにもらわなければ怖くない。ハンマーパンチなら、こめかみ、頭、鼻っ柱、どこに当てられても効いてしまうが、切れるパンチなら、アゴをしっかりと引いていさえすれば、それほどの危険はない。比嘉の連打が後半大降りになるタイミングで、カウンターを合わせる練習を重ねてきた。比嘉はビッグネームだが、この試合は間違いなく大いに勝機がある。そう確信していた。

1ラウンド後半、比嘉がビッグパンチを振り回してラッシュをかけてきた。シリチャイは冷静に反応してさばいたところでラウンド終了。比嘉が少し首をかしげながらコーナーに戻るのが見えた。

「いい立ち上がりだ。比嘉のパンチは見えているか?」
「問題ないです。見えています」
「思ったより比嘉のパンチの振りが大きい。好きなタイミングでカウンターを取ってみろ」

そう言って2ラウンド目が始まった。40秒過ぎ、比嘉の大振りの右フックにドンピシャのタイミングでシリチャイが右ショートのカウンターを合わせた。しっかりとアゴを引いていたおかげで、比嘉のパンチはこちらの額に、シリチャイの右は、少し浅かったが、比嘉のアゴに吸い込まれた。練習で何度も何度も繰り返した、これ以上ないタイミングだった。

「よし、この試合もらった。比嘉はもう終わりだ」

そう思った直後、足をふらつかせたのはシリチャイのほうだった。続く右からの左フックで、シリチャイの体は豪快にキャンバスにたたきつけられた。

話が違うと愕然とした。額へのパンチでこれほど効かされてしまうとは計算外だった。言葉もなく唖然としている間、立ち上がったシリチャイに比嘉は猛然と襲いかかり、強烈なボディブローでまたダウン。かろうじてゴングに救われた。

タイでのトレーニング後、シリチャイと何度も試合のシミュレーションをしていた。

「比嘉のような超攻撃型の選手を相手に絶対に後ろに下がるんじゃない。思うつぼだ。怖いだろうけど、奴のパンチをグローブでしっかりとキャッチして、すかさず目や肩でプレッシャーをかけなさい。比嘉を勢いに乗せるんじゃない。比嘉はツボにはまれば抜群の強さを発揮するが、一つ歯車が狂うと自滅する選手だ」

あの一発ですべてのプランが狂ってしまった。

3ラウンド、すっかり勢いづいた比嘉の右ストレートでシリチャイは腹を抱えてまたダウン。続く4回、同じパンチでまたダウン。シリチャイの顔から闘志が消えて、幼い顔になった。すがるような眼でこちらのコーナーに視線を投げてきた。

まだカウンターがある。最後まであきらめたくない。

「ルックルック(立ち上がれ)」

そう声をかけたとき、リングサイドにいたダイヤモンド・プロモーション幹部のスィアタンが、

「ケン、もういい。立たせなくていい」

私の肩をたたき、悲しげな顔で首を振った。言葉もないまま、リング上に視線を戻すと同時にレフェリーが10カウントを数え上げた。

シリチャイは本当によく頑張った。医務室でドクターチェックを受けた後、控室で腫れた顔面を氷嚢で冷やしている姿が本当に痛々しかった。

ダメージがひどいシリチャイに代わってボクシング記者のインタビューに答える。

「比嘉のパンチの質を見誤った私の責任です。2ラウンドのあの一瞬がすべてでした。シリチャイは立派でした。彼を誇りに思います」

そう答えるのが精いっぱいだった。

綿密に積み上げてきたものがたった一発で粉々に打ち砕かれた。

ボクシングは本当に難しくて恐ろしい。