ベストパンチ9
1984年11月29日 日本 熊本県
WBCスーパーフライ級タイトルマッチ
チャンピオン 渡辺二郎(大阪帝拳)TKO11R 挑戦者 パヤオ・プーンタラット(タイ)
大阪きっての”ゴンタ(悪童)”が幼少の頃は水泳、学生時代に日本拳法、各々で優秀な成績を残した後、23歳という遅いデビューで飛び込んだボクシング。拳法時代に培った勝負度胸で当たり前のように連戦連勝。後の世界王者、小林光二(角海老宝石)も新人王決勝戦で難なく1ラウンドKO。遅いデビューのため大阪帝拳陣営はじっくり育てることをせず、11戦目でオールマイティな時のWBC世界王者、韓国の金喆鎬に敵地ソウルでアタック。際どい判定負けだったが、地元のマスコミさえも「渡辺の勝ちだ」と報じるほどの善戦で評価を落とすことなく帰国。その後駆け引きに磨きをかけて、強打者、ラファエル・ペドロサ(パナマ)からWBA王座を強奪。関西初の世界王者は地元の熱烈な声援を背に磐石な防衛ロードを歩んでいた。
プライドの高い渡辺はWBA・WBCと政治的な因縁で同じ階級に王者が混在するという状況に我慢がならず、対立王者パヤオとの統一戦に踏み切った。
パヤオとて並みの王者ではなく、オリンピックのメダリストを経て、9戦目で世界を射止めた天才肌。自信満々で渡辺との統一戦に臨んだ。
ほぼ5ヶ月前の初戦。パヤオのアマチュア仕込のストレート攻勢が若干分のある試合展開ながら、地の利と積極的な試合展開が功を奏して僅差の判定で渡辺の手が挙がった。韓国での初挑戦とは逆に「あれはパヤオの勝ちだ」という評価は勝負師渡辺に火をつけ、因縁の再戦を迎えることとなった。
渡辺のボクシングは強引に相手を叩きのめす「剛」のボクシングではなく「巧」と表現するほうがふさわしい。
相手が全力を出した時にこそ、その直後に訪れる隙に抜け目なく喰らいつく狡猾さが渡辺の真骨頂だ。
前回の試合ではリスペクトが過ぎて、パヤオの長いストレートを必要以上に警戒していたネガティブな渡辺だったが、この日はパヤオに存分に必殺の右ストレートを打たせまくった。それもギリギリの距離・タイミングで。1ラウンドから4ラウンドまで渡辺はそんなスリル満点のポジションに身を置いていた。次の5ラウンドのベストパンチを当てるために。
思うさまパヤオにボクシングをさせたその直後、
1→2→3(パヤオ)
の間に
1→2→2.5(渡辺)
の絶妙なタイミングで芸術的な右フックが爆発した。
頭脳派ボクサーパヤオらしく
「しまった!」
という顔をしてキャンバスに大の字に伸びてしまった。
驚異的なタフネスで立ち上がったパヤオだったが、勝負師としてのタクティクスではすでに勝負あり。11ラウンドに再び倒された後、駆け引きなしの強打を無反応に浴び続けるパヤオをジョー・コルテス(米)レフェリーが救い出して因縁の再戦は終わった。