拳を固めてサワディカップ27-1
2024年7月12日、前回の帰国から2週間足らずで再びタイへ。
福岡空港は、コロナの影響で、まだまだ人が少ない。ワクチン接種や出入国アプリへの登録など、まだまだ海外渡航へのハードルは高い。
以前、タイへ行ったときに、帰国前48時間以内のPCR検査が義務付けられ、プロンポンの病院にPCR検査を受けに行ったことがあった。綿棒で鼻の穴から体液を摂取された後、結果を記入する用紙を渡された。
「結果が出るのに8時間かかるから、あなたのLINEに陽性か陰性かの結果をお送りします。それを見て、ご自身で用紙にご記入ください。そして、空港のチェックインカウンターで用紙を提出してください」
「オンラインでのデータの取り扱いは?」
「ありません。この用紙で充分です」
あきれて物も言えなかった。じゃあ、この用紙をコピーして、勝手に陰性と記入すれば、今後PCR検査なんか受けなくても、やりたい放題じゃないか。タイらしいな、と苦笑いするしかなかった。
ガラガラの機内は快適だった。乗客がほとんどいないから、客室乗務員のオネーチャンたちも座席に座ってスマホやタブレットで映画なんか観ている。居眠りしているオネーチャンもいた。
当然ドンムアン空港の入国審査もガラガラ。着陸15分後には空港前の喫煙所で一服というスムーズさだった。
手持ちのバーツが心もとないので、シーロムの酒屋兼、両替所、タニヤ・スピリッツへタクシーを飛ばす。30分ほどで到着したが、人通りは少なく、マスクをしている人がやはり多い。バーツ円のレートがまたひどくなっていた。10万円ほど両替したが、依然と比べると30,000円ほど目減りしている計算になる。財布のひもを締めていかないと。
タクシーを拾ってカオサン・パレス・ホテルへ。チェックインした後、少し街を歩く。カオサン・ロードに来るのはずいぶん久しぶりだ。以前は雑貨屋や屋台で昼間からごった返していたのがウソのようだ。かつての雑貨屋たちは、ほとんど撤退し、すべてオープンカフェやバーに様変わりしていた。バックパッカーの聖地と言われたカオサンも、ただのおしゃれなナイトスポットになってしまっていた。もちろん、若いころに泊まっていた、ポンコツなゲストハウスはなくなっていて、偽造パスポートや偽造免許証を売る怪しい輩は姿を消した。すっかり拍子抜けしたので、さっさとジムに行こう。
今回の宿をカオサンにしたのは大失敗だった。ラムルッカのサーサクン・ジムへ行くのに、タクシーで1時間半もかかってしまう。どの道を行っても渋滞個所は最低4か所。毎日のことだから、これはずいぶんな時間のロスだ。気さくな運転手との楽しい会話のおかげで退屈せずにジムへ到着。
ジムは練習生や選手でごった返している。コロナ禍で外出できず、運動不足になった人たちが、フィットネス感覚でたくさん入会してくれた。チャッチャイの経営も少しは安定するだろう。心なしかチャッチャイに笑顔が増えたような気がする。ヨードモンコンは負けてしまったが、先々週、パンヤーは見事に世界タイトルを防衛してくれた。この勢いに乗ってジムのいいムードが続いてくれるといいのだが。
今日はスパーリングの日。出稽古に来ている世界ランカー、タノンサック・シムシーとキティデックは火の出るような打ち合いをしている。セコンドに付き、
「正面から打ち合うな。もっと足を使って展開にメリハリをつけろ」
キティデックにそう指示を出すが、タノンサックはさすが世界ランカー、簡単には逃がしてはくれない。キティデックが動く方向に先回りするように、鋭い追い足で追い詰めてくる。キティデックはさんざん撃ち込まれたが、歯を食いしばって打ち返し、世界ランカー相手に立派に応戦する気の強さは大したものだ。
スパーリングが終わって、キティデックの体から吹き出す汗をぬぐっていると、
「すぐにミットを持ってください。足の使い方を徹底的に教えてください」
「5ラウンドのスパーリングが終わったばかりじゃないか、少し休んでからでどうだ?」
「今すぐお願いします」
感覚が生々しいうちに体に覚えこませたいのだろう。その心意気やよし。5ラウンド、みっちりとフェイント交えた足さばきを教え込んだ。
タノンサックのトレーナー、プームがタノンサックのミット打ちを始めた。日本が長いせいか、プームのミットはスピーディでコンビネーションを多用する、きびきびとしたいいミットだ。タノンサックの旺盛な手数はこのミットの賜物だろう。プームの見事なミットさばきにしばらく見とれていた。
練習後みんなで談笑していると、FACEBOOKの知人、Yさんから電話。
「いつも投稿を楽しく見ています。ケンさん、今、タイですよね?私もタイにいるんです。よかったら食事でも行きませんか」
最近、SNS上の方とこういった形でお会いする機会が増えた。今日は予定もないし、たまにはボクシング関係者以外の方と食事に行くのも悪くない。快諾して電話を切った。
カオサン・パレス・ホテルに戻ると、とっぷりと日も暮れた。枕元に耳栓が置いてある。どういう意味か分からなかったが、その耳栓の意味を後でたっぷりと思い知らされることになる。
ホテル近くのレストランバーでYさんと待ち合わせ。初めて会うYさんは還暦前という年齢が信じられないほど若々しく楽しい方だった。よく働き、よく遊ぶ、昭和のガンバルマンを絵にかいたような快男児だった。何件もはしご酒をしながら、Yさんからたくさん元気をもらった。
初日の疲れに加えて、Yさんとの程よいほろ酔い、今日はぐっすり眠れるだろうとベッドに入ると、ホテル前のオープンバーから爆音でクラブ・ミュージックが流れ出した。テレビの音も、スマホの着信音も聞こえないほどの爆音が、部屋の中まで容赦なく響き渡る。
枕元の耳栓が目に入る。こういうことか、と耳栓を耳に突っ込んでみた。
何も変わらない。フロントに電話をするが、相手の声も聞き取れない。仕方なくフロントまで下りていき、
「この爆音はいつまで続くのか」
「大体、深夜2時くらいまでです」
現在22:00
「あの耳栓は?」
「気休めです」
きっぱりと言ってのけた。タイのいい加減さにまた苦笑い。