拳を固めてサワディカップ27-2
7月13日、9:00起床。前夜は3:00近くまで続いた爆音のクラブ・ミュージックのおかげで、少し寝不足。二度寝をしようかと思ったが、少々寝直したところで、大して変わりはないだろう。元々、若いころから睡眠の質は悪い。カネになるならと、電話が鳴ればすぐに飛び起きて、24時間対応で仕事をしてきたツケだ。今でもベッドでゴロゴロしていると、眠りに落ちた瞬間に「しまった!仕事を逃してやしないか」と思い、スマホを確認する悪い癖が残っている。
カオサンロードを歩く。昨夜の喧騒が嘘のように、閑散としている。近所の屋台で40B(160円)のガパオライスで簡単な朝食。ジムに行く前にひと泳ぎしたかったので、ビールは我慢した。
屋上のプールで1時間ほど泳ぎ、リクライニングシートでくつろいでいると、プールサイドの向こう側でイケてる白人のオネーチャン二人に、アラブ系のオニーチャンがせっせとトロピカルドリンクを運び、ご機嫌を取っている。一方、私の目の前で、冴えないオネーチャンがつまらなそうにチャプチャプ泳いでいる。
「ねえ、ライターを貸してくれない?あなた、どこから来たの?日本人?韓国人?それとも中国人?」
イケてるほうのオネーチャンのうちの一人がこちらに歩いてきて、聞いてきた。細長い煙草に火をつけてあげると、うまそうに吸い込んで、真っ青な空に煙を吹き出した。
「From Japan」
「ワオ!いいわね。私、日本が大好きなの。今回の旅行はタイから日本に行く予定なのよ。初めて行く日本のことをもっと教えてくれない?あっちで一緒にビールを飲みましょうよ」
目の前でチャプチャプと泳いでいた、冴えないオネーチャンが気まずそうに河岸を変えようとしていたのが見えた。
「悪いけど、一人でのんびりしたいよ。仕事の電話待ちだしさ」
そう言うと、きわどい水着のオネーチャンはカチンときたような顔をして戻っていった。
まぶしい青空の下、ひと眠りしようと目をつぶっていたら、オネーチャンたちに尻尾を振っていた一人の男が寄ってきた。
「こんにちは。旅行で来はったん?」
流暢な関西弁で話しかけられる。タイモールと名乗るその男は、京都で自動車部品の商社を経営するパキスタン人で、いくらご機嫌を取っても一向に脈がないオネーチャンに見切りをつけたらしい。
「もうちょっと、頑張ればよかったんじゃない?」
「いやいや、1時間粘って無理なら次に行くよ。ビジネスと一緒だ。向こうの暇つぶしに付き合っている暇はこっちにもないしさ」
フロントに電話をして、ソーダとワインを二本、プールサイドに届けてもらう。冴えないオネーチャン、レベッカも誘って、みんなで炎天下の下で飲み干した。聞けば、タイモールはなかなかのやり手のようで、5年前に来日してから、順調に業績を伸ばしているという。外貨を稼いで私腹を肥やすのも大事だが、同時に、自分の基盤である日本の経済がもっと元気になってもらいたいから、少しでも多く納税したい、という商売人としてのスケールの大きなビジョンに感心した。
一方レベッカは傷心旅行ということだった。元は美少女だったが、危険なイケメンしか好きになれない性分のせいで、何度も何度もひどい失恋を繰り返し、自暴自棄な暴飲暴食を経て、体を壊し、リフレッシュの旅行に来たとのことだった。得意気に過去の写真を見せてくれたが、なるほど、かなりの美しさだった。
そろそろジムに行こうかと腰を持ち上げたとき、「楽しかったから」とレベッカが、私とタイモールに2000B(8000円)ずつ渡そうとする。もちろん断ると、すごい顔で睨みつけられた。この女の闇の根は深い。早くこの子の自信が回復しますように。
ジムに行くと、みんな元気にサンドバッグを打っている。今日はスタミナ強化の日だ。後ろからサンドバッグを押さえ、声をかけながら強いパンチを連打させる。タイ人のムエタイ名残のゆったりとしたリズムを変えてみたい。
世界のボクシングシーンは、ますますスピードアップしている。タイ人ののんびりしたリズムでは、今後世界のトップレベルでは、戦力に大きな差がついてしまう。たまにしか来れない異国のトレーナーだが、せめて滞在中は、根気よく、新しい感覚を教え伝えたいと思う。
スピード
フェイント
ゲームメイキング
連打
今のタイの選手に欠けているもの、現在の低迷している現実。それをしっかりと見つめて、それをしっかりと理解したとき、変わらなければいけないものが見えてくるはずだ。のんびり屋さんが多いタイ人に、それを教えるのは至難の業だが、乗りかかった船。前を向いて、できることをひとつずつ頑張っていこう。
さあ、ホテルに戻ると20:00。カオサンロードは夜のバー営業のため、車の進入を規制し、オープンテラスをせっせと作り始めている。またあの爆音が始まるのか。
近所の屋台で、ワニ肉の串焼きを食べる。ササミみたいだ。うまいとは思わなかったが、キンキンに冷えたビールには不思議とよく合う。
どうせ、3:00くらいまでは、寝られないなら、思いっきり遊ぼうか。
意気投合した、隣のテーブルの韓国のオネーチャンたちと、カオサンパレス・ホテル前のバーへ移動して、記憶がなくなるまでラムをあおり、踊り狂った。