拳を固めてサワディカップ27-4

7月15日、9:00起床。朝食前に屋上プールでひと泳ぎ。

今日もタイの青空はのんびりとして、日差しは燦燦と照りつけてくる。

先日懇意になったタイモールと一緒になったので、朝食とワインを取り寄せて、プールサイドでひとしきり語り合う。

このコロナ禍でほとんどの国の経済はどこもガタガタになっているだろう。いつまでも続くはずもないこのパンデミックの後、各国はどのような経済指針を行なうのか、我々末端の経営者はいち早く情報をキャッチしないといけないスピード感に追われている。

わかってはいるつもり、対処しているつもりではあったが、優秀な海外の経営者は我々日本人よりも緊迫感を持っての対処が早い。国や制度に期待するのは最後の手段。まずは自力でやれることを頑張ろう。タイモールの経営理論は本当に勉強になった。ありがとうタイモール。お互い元気に頑張ろう。次は日本で会えたらいいね。

若いころ、授業が終わって高校のボクシング部で練習。それが終わるとプロのジムで練習。それから博多のスナックでグラス磨きのバイトで働いていた。たしか時給500円だったと思う。5時間勤務で日当2500円。お客が少ないとママさんが早じまいするから、日当が2000円の時もあった。

早じまいの時は仕方がないから、中洲の街でパチンコを打って、あっという間に日当が消える。することがないから、中洲東急ホテルの前でぼんやりと座って煙草を吸っていると、ホテルのスロープに金持ちたちが、いい車をベタ付けして、それはそれはおしゃれな恰好で、ドアマンに「クルマ、まわしといて」なんて言って、奇麗に着飾ったオネーチャンとホテルに消えていった。似たような年齢の彼らを見ていて「今に見てろ」と思いながらも、そんな風景を見ているだけで、いい気分だったのを今でもよく覚えている。

「こんなことをしていて俺は将来どうなるんだろう。ちゃんとしないといけないんじゃないか」

その「ちゃんと」がどうしてもわからなかった。とにかく強くならないと。サンドバッグに強打ばかり打ち込んでいたのはこのころだったと思う。幼かったから、一発で状況を変えたかったのだろう。

ジムに行くと勝ちたい顔をした彼らがいる。昔と同じ飢えた顔がある。

WBC(世界ボクシング評議会)ミニマム級チャンピオン、パンヤ・プラダブシーの防衛戦が日本で行なわれることになった。相手は因縁の重岡優大(ワタナベ)。4月16日に行なわれるはずだったが、交渉が暗礁に乗り上げてキャンセルの憂き目に遭った揚げ句に、今回正式に決定した。開催地をどこにするかで両陣営とも一歩も譲らなかったが、入札の結果、160,000ドルを掲示した亀田プロモーションが落札、日本開催の運びになった。

アマチュア経験豊富な重岡は完成度の高いサウスポーで、攻撃力も高い。弟のIBFミニマム級王者、重岡銀次郎(ワタナベ)に比べたら、粗さがあるので、その隙をついて倒し切ってしまいたいと思う。

早速、重岡対策を徹底して教えこむ。重岡は自慢の左ストレートを打つ際に、右手が下がる。左にターンしながら、左フックで迎え撃つパターンをミットで何度も繰り返した。覚えの悪いパンヤだが、ミットの向こうのパンヤの目が「吸収してやろう、マスターしてやろう」と燃えていたので、根気よく二人で延々と繰り返した。気が付くと15ラウンドもミットを続けていた。

前戦でKO勝ちした選手は怖い。今回も派手にKOしてやろうとして余計な力が入り、総合的にいつもの力が出せないことが多い。

「いいか、ラヨーンで田中教仁をKOした防衛戦のことは忘れなさい。デビュー戦のように臨みなさい。初めてボクシングを習ったときの事を思い出しなさい。勝つためには理由がある。行き当たりばったりで勝っても、それは博打だ。本当の勝ちじゃない。勝利の方程式を作ろう」

ラウンドが終わるごとに、パンヤの体から吹き出る汗を拭きながら、毎回そう言い続けた。

大事な話を伝えたいときに、改めて言葉の壁を実感する。もう少し若いころに、しっかりと語学を勉強するべきだった。40歳過ぎて、改めて英語を、そして新たにタイ語を学んでいるが、頭も耳も滑舌もすべてが悪い。「どうして、もう少し早く取り組まなかったのか」そう思うが、まさか、こんな仕事をすることになろうとは考えてもなかった。

たっぷりとした、しつこいミット撃ちが終わったとき、ミット撃ちの最中は、こちらが言っていることが、わかったようなわからないような顔をしていたパンヤが抱きついてきた。

「クラッポン、ガウチャイレーウ(わかっていますよ)」

汗だくの顔でパンヤがにっこりと微笑んでいた。

このタイの青年をなんとしてでも勝たせたいと思う。

カオサン・パレス・ホテルに戻ると例の爆音が待っていた。今日はこの爆音が全く気にならない。パンヤの左フックがどんなふうに重岡の右アゴに爆発するか、そのシチュエーションばかり考えていると、楽しみで仕方がない。

今頃、重岡優大も火の出るようなトレーニングをこなしていることだろう。お互い最高のコンディションで東京のリングに上がりましょう。

2023年10月7日WBCミニマム級タイトルマッチまで、後13週。