拳を固めてサワディカップ28
この夏は本当に忙しかった。パンヤーのWBCミニマム級タイトルマッチを控えながら、マッチメイクの依頼が立て続けに舞い込んでくる。ひとつひとつ根気よく交渉にあたり、何とか無事に、どの試合も契約成立した。
そのひとつ、北島ジムからの依頼で、古川のどか(北島)対ピーヤラック・センポカーン(タイ)の女子スーパーバンタム級4回戦が、9月17日、九州共立大学で行われた。
9月15日、7:00、福岡国際空港へ選手を迎えに車を走らせる。7:20空港到着。到着ゲートに現れたピーヤラックとセコンドのマノップチャイ(WBCバンタム級・スーパーフェザー級チャンピオン、シリモンコン・シンマナサックの兄)は少しダルそうだった。車に乗り込むや否や、あくびばかりしていた。
自宅に二人を連れてきて、まずは体重測定。契約ウエイトよりも1kgほど軽く仕上がっていたので、お手製のカオマンガイをふるまった。本場の味と一緒だとほめてくれた。お世辞でもうれしかった。
今回のマッチメイクは、割と簡単に決まったのだが、ホテル探しに苦労した。
試合会場は北九州市だが、福岡市内のほうが何かと便利だろうと思い、福岡市内でホテルを探していたのだが、どのサイトを見ても通常よりも3倍ほどの値段な上、どこも満室。何かのバグかと思い、直接ホテルに電話するも、どこも満室。何かがおかしい。頭を痛めていると、あるホテルの受付の人がそっと教えてくれた。大物ミュージシャン、B’ZがYahooドームでコンサートをするらしい。今週は、全国のB’Zのファンが福岡に殺到するから、ホテルはどこも空いていないでしょうとのこと。
B’Zでは相手が悪い。途方に暮れて、興行主催者の折尾ジム、西村会長に相談すると、黒崎駅付近のホテルの部屋を多めにとってくれているとのことだったので、無理を言って部屋を分けていただいた。西村会長、ありがとうございました。本当に助かりました。
自宅でひとしきりくつろいだ後、マノップチャイにファイトマネーの精算。14:00、二人を車に乗せて北九州へ。チェックインもスムーズにいき、ビジネスホテルにしては、部屋は広くて快適だった。
今日はすることがないので、みんなで街を散歩して駅前で食事。明後日の試合の作戦会議をする。相手の古川選手は名指導者、北島会長の秘蔵っ子だけあって、攻守ともにバランスの取れた穴のない選手。正攻法ではやられてしまうだろう。どっしり構えて、こちらからは攻撃を仕掛けずに、相手に攻めさせる。連打に乏しい古川選手のパンチの打ち終わり、パンチの引き際にカウンターアタックで、見栄えのいい強打を狙い撃ちする。ピーヤラック、マノップチャイふたりとも、この作戦に同意してくれた。
ホテルに戻り、ロビーでミット撃ちを何度も繰り返した。なかなかスピードもあり、反応もいい。いい試合になりそうだ。
9月16日13:00、無事に計量パス。検診も問題なし。
9月17日、試合当日。ピーヤラックの顔色がいい。べストコンディションのようだ。昨日までとはうって変わって目が鋭い。
控室でマノップチャイがピーヤラックにバンデージを巻き、テーピングを貼る。これまで数えきれないほど選手の拳にバンデージを巻き、テーピングをしてきたが、マノップチャイの拳の作り方は、これまで見てきた中でナンバーワンといっていいくらい、神経質で完璧な仕上がりだった。見ていて本当にいい勉強になった。
1ラウンド開始。ピーヤラックは作戦を忠実に実行してくれた。リングの中央を譲らずに、実に冷静に古川選手の攻撃を見極めている。相手のパンチの引き際に右から三つ。 手際のいいカウンターアタックだ。
タイ人のセコンドをするのは本当に楽しい。日本人同士の試合で自分の選手にリング下から大声で指示を送ると、当然、相手選手にもその意図は伝わってしまう。タイ人のセコンドだと、タイ語で指示を送るので、相手選手や相手の陣営に作戦がばれることはない。古川選手の焦りが手に取るようにわかる。
互角の展開だが、やはり地元の古川選手への声援が多いので、優劣つけがたいラウンドのジャッジは古川選手に傾いているだろう。アウェイの悲しさだ。
迎えた最終ラウンド。送り出す前に、
「ポイントでは負けている。このラウンド、倒してこい。1.2.3.4.5.6.7。7発の連打を打ちなさい。残ったスタミナを全部使ってこい。終わった瞬間倒れこんでもいい。余力を残したら承知せんぞ」
そう言って背中を叩くと、力強い目でうなずいた。
最終回は火の出るような打ち合いだった。一歩も引かず、歯を食いしばって果敢に打ち合う。両者、全力を振り絞り、大歓声の中、試合終了のゴングが鳴った。ジャッジは3者とも、40-36のフルマークで古川選手。首をかしげる判定だったが、アウェイであること、倒せなかったこと、明確にリードできなかったことを考えると、まあ仕方ないか。ピーヤラックは本当によく頑張った。異国の地で実に見事な試合をしたと思う。
控室に古川選手が挨拶に来てくれた。
「ピーヤラック選手は本当に強かったです。相手方のセコンドに高山さんがついているので不気味で仕方なかった。今日は本当にいい勉強になりました。ありがとうございました」
仲良く記念撮影してがっちり握手。さっきまで鬼の形相で殴り合っていた二人の女性が、ニコニコしながら抱き合っている。
今回もいい仕事ができたとホッとした。
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