拳を固めてサワディカップ29-2
第一ラウンドのゴングが鳴った。
自信満々の重岡はどっしりと構えて、じわじわとプレッシャーをかけてくる。絶対に後ろに下がるなと、しつこいくらいパンヤには言っていたが、想像以上に重岡のプレッシャーがキツいのだろう。少しずつ後退を余儀なくさせられている。マズイ展開だ。このままでは重岡の好きな距離を自由自在に作られてしまう。距離がドンピシャになったとき、一撃必殺の左ストレートが飛んでくるだろう。
「パーイ タムサーイ(左に動け)」
必死に叫んだ。パンヤの立ち位置を、重岡の左手からなんとしても遠ざけたい。セコンドの声は聞こえているようだ。ボディに右ストレートを打ちながら、左回りを忠実に実行してくれている。
まずまずの滑り出しだったが、2ラウンド目、重岡がギアを上げてきた。小刻みに上体を振りながら、プレッシャーを強めてくる。大舞台で色気が出ているのか、重岡のパンチが力み気味で、大振りなのが幸いだ。
「重岡の左ストレートを外したらすぐ、右のショートを打ち込め」
ありったけの声で叫んだ。
初めてパンヤと会った時の第一印象は、正直、あまりいいものではなかった。コミュニケーションの取り方があまりうまいとは言えず、ジムメイトとも、もう一つ、打ち解けている風でもなかった。一人ぼっちでただ黙々と、自分の好きなパンチだけをサンドバッグに打っている不器用な選手という印象だった。スパーリングも声をかけられたときにだけ、渋々といった感じでこなしていた。
3.4ラウンド、重岡がトップギアで攻勢を仕掛けてくる。前半でKOしてしまおうと、大振りのフックを乱打してきた。
KOの期待が高まる観客の大歓声を背に受けて、雑な左フックを空振りした重岡の左アゴに、パンヤと何度も何度も特訓した右ショートが炸裂した。一瞬、重岡の左足が痙攣したのが見えた。重岡の目から遊びの色が消えた。ラウンド終了後、コーナーに戻ってきたパンヤの息が、いつもより荒い。間違いない。風邪をひいたか、何らかのコンディション不良を起こしている。
サーサクン・ジムでの毎日は本当に楽しかった。言葉の壁はあったが、ボクシングという共通語があるせいか、指導にはあまり不自由はしなかった。フレンドリーなタイ人選手たちは、良くも悪くも主張が強く、
「もっとスピードをつけるにはどうしたらいいですか?」
「切れのあるストレートの打ち方を教えてください」
「カウンターのタイミングを知りたいです」
積極的にわがままを言ってくれた。毎日毎日ミットを持ち、日本仕込みのテクニックを伝授する毎日は本当に充実していた。
正直言って、なついてくる選手はかわいい。選手ファーストのこのご時世、こちらから選手に声をかけて指導することはなくなってきた。やる気がない選手は勝手に堕ちていくだけだ。コンプライアンスやハラスメントを声高に叫ぶ時代だが、ストレスフリーを手に入れる代償として、アピールしなければ、上達や成長のチャンスを逃してしまうリスクもある。ジムの隅で、黙々とサンドバッグと叩いているパンヤは、そんな残念な青年にしか見えなかった。
6ラウンド、パンヤが猛然とボディにパンチを集め始める。重岡はコンパクトなアッパーが打てない。下から潜り込んでしつこい連打で重岡をたじろがせる。失速した重岡に、右フックのダブルを上下に打ち分け、後退させた。これも練習で繰り返し教えたコンビネーションだった。一緒に戦っている気がしてうれしかった。インターバルでの受け答えもしっかりしている。かなり打たれているはずだが、意識は飛んでいない。7ラウンド開始のゴングが鳴った時、
「強い父親、強い父親」
そうつぶやいたのが聞こえた。
なかなか自分から指導してもらおうとしないパンヤにあきれていたが、リングの上で他の選手たちを指導していると、ふと、サンドバッグを黙々と打っているパンヤを見たときに、自分の鈍感さに悲しくなってしまった。他の選手に教えていることを盗み見して、それを黙々と実践していた。指導してほしくなかったんじゃない、「僕にも教えてください」そのひと言が言えなかっただけだった。
「パンヤ、ミットを持とうか?一緒にやろうよ」
初めてこちらから声をかけると、満面の笑顔でリングに上がってきた。
8ラウンド終了時の途中採点は、ジャッジ三者とも79-73で重岡優勢。もうノックアウトするしか、パンヤの勝ち目はない。
「お前はタフだよな?しっかり打たれて来い。打たれながら目を開いて、ワンチャンスをモノにして来い」
そう言って送り出した。苦境を何とか打開しようと、歯を食いしばって懸命に打ち合うパンヤを見ながら、
「ああ、若者はなんて上等なんだろう」と感動していた。
「無事に子供が産まれました。女の子です。彼女の父親はずっとチャンピオンでいないといけませんね」
練習後、一緒にミルクティを飲みながら、パンヤから報告を受けたときは本当にうれしかった。
他人と打ち解けるのが苦手だったパンヤも、このころには色んなプライベートを打ち明けてくれるようになっていた。学生の頃、少しだけいじめられていたこと、ムエタイ時代、世間知らずだったから、かなりの搾取をされていたこと、今の奥さんはかなりの年上だけど、包容力があるからパンヤのほうがベタ惚れであることなど、
「いやなこともたくさんあったけど、まさか、日本人とコンビを組んで世界王者になれるなんて、思ってもみなかったです。自分から積極的に頑張っていれば、いいことってあるもんなんですね」
はにかむような笑顔がかわいかった。
大歓声に包まれた最終ラウンド、決死の覚悟で肉弾戦を挑む、敗色濃厚のパンヤと、精も根も尽き果てかかった重岡。二人の若者が一歩も引かず、激しく打ち合い続ける。クリンチのない、いいラウンドだった。
激しい打ち合いを制する最終ラウンド終了のゴングが10回打ち鳴らされたとき、パンヤは誇らしげに天井のまぶしいライトを見上げていた。
判定は聞くまでもなかった。119-109が二人。117-111がひとりの3-0の完敗だった。
リングアナウンサーから、王座陥落が告げられた瞬間、パンヤが激しく泣き出した。この顔を見せてはいけないと、パンヤを抱きしめて顔を隠した。
「おまえはよくやった。立派な父親だった。そして、おれをこのリングに連れてきてくれてありがとう。おまえの事を誇りに思っているよ。胸を張ってタイに帰りなさい」
そう言うと、パンヤは胸の中で何度も何度も嗚咽しながらうなずいた。
娘が産まれ、一番勝ちたかったはずの試合に負けてしまう。パンヤは、今回はどうしても勝ちたかっただろう。ただ、ボクシングではよくあることだ。パンヤに慢心や油断は一切なかった。ボクサーとして、この夜は、重岡がパンヤより優秀だったということだ。
後悔は一切なし。また、前を向いてがんばろう。