ベストパンチ35
1996年3月16日 米国 ネバダ州
WBCミドル級タイトルマッチ
チャンピオン クインシー・テーラー(米国)TKO9R 挑戦者 キース・ホームズ(米国)
レイプ事件により、収監されたボクシング界のスーパースター、マイク・タイソン(米国)が順調な復帰戦を経て6年ぶりに世界ヘビー級タイトルを奪還する歴史的なこの日、アンダーカードとしては贅沢すぎる世界ミドル級タイトルマッチのこの一戦。知名度としてはもうひとつだが、実力は申し分なしの両者。リングサイドをリザーブしたセレブたちがお目当てのメインイベントが始まるまでの時間をカジノやバーで過ごしている間に前座でスキルフルなノックアウトシーンが演出されることになる。
チャンピオンのテーラーは、歴史的強打者ジュリアン・ジャクソン(バージン諸島)を乱打してWBCタイトルを奪取。テーラーが今後ファンたちの評価を得るには、ジャクソン政権ですっかり骨抜きにされてしまったコンテンダーたち相手に磐石の防衛ロードをひた走るか、1・2階級下のスター候補、テリー・ノリス(米国)やフェリックス・トリニダード(プエルトリコ)とのビッグ・マッチにありつくしかなかった。
そのテーラーに挑んだのは、王者と同じサウスポーながら、この階級では異例の188cmの長身、リーチ198cmという規格外のスリムパンチャー、ホームズ。これまでこれといった相手との金星はないが、ここまで29勝(18KO)1敗というすばらしい戦績で初のタイトルマッチに臨んだ。
序盤から両者の持ち味が充分に発揮された試合。鋭いジャブで王者を突き放すホームズ。一方、テーラーは1R2分過ぎには挑戦者の鋭いジャブのタイミングを掌握。その引き際に強烈な左右のフックを強振して肉薄していく。
上下の打ち分けや、小刻みな出入りで、ボクシングの総合力で王者が上回るものの、挑戦者の美しいロングレンジのストレート攻勢が見栄えとしてはジャッジ諸氏に対して心象がよく、接戦でありながらポイントは徐々に挑戦者に傾いていった。
クレバーな両者はそういう試合展開を敏感に感じ取っており、テーラーは普段の冷静さをかなぐり捨てて、打撃戦に活路を求め、ホームズも序盤の好感触に欲が出て、らしくないインファイトでの力比べに応戦とお互いの持ち味とするボクシングから一歩踏み込んだ戦い方へとスイッチすることになる。
5ラウンド以降、試合の流れははっきりと変わった。
距離の支配は挑戦者、タイミングではチャンピオン。キャリアでは一日の長があるテーラーが身体能力一筋のホームズの単調な攻撃パターンに照準を合わせ始めた。「打たせずに打つ」挑戦者と「肉を切らせて骨を断つ」王者の間に差が出はじめた。
ジャクソンを倒した6R、チャンピオンははっきりと攻勢に出た。スター王者の仲間入りをするために決して落とせないこの初防衛戦。強打・弱打を織り交ぜた軽快な連打で挑戦者を追い立てる。しかし、流れを取り戻した王者が振り回す左右のフックを挑戦者は実に冷静に観察していた。
迎えた9R、挑戦者の長いリーチを持て余した王者が勝負に出る。
ホームズの長いジャブを巧みにかいくぐりながら肉薄する王者。これを嫌った挑戦者がスピーディなワン・ワン・ツーを放つ。瞬間のスピードはそれほどでもない挑戦者の続く右フックにチャンピオンは絶妙のタイミングで右フックをカウンターで合わせに行く。しかし、ホームズのコンビネーションにはもう一つの秘策があった。左ストレートの後、若干体を沈め、タイミングをずらし王者のカウンターを見切った上でカウンター返しの右フックを深々とアゴに炸裂させた。後手の先手のカウンター。
このベストパンチを食った王者はもんどりうってダウン。ふらつく足取りで立ち上がったものの、挑戦者の非情な連打の前にロープからロープへと逃げ回るのが精一杯。狙い撃ちの左ストレートが何度も打ち込まれたところでレフェリーのリチャード・スティールがボロボロの王者を抱きかかえ新チャンピオンが誕生した。