ベストパンチ10
1989年7月30日 米国 ニュージャージー州
WBAスーパーウェルター級タイトルマッチ
チャンピオン ジュリアン・ジャクソン(バージン諸島)KO2R 挑戦者 テリー・ノリス(米国)
オールタイム・ランキングで世界中の識者が必ず上位にランキングする強打者中の強打者、ジャクソンの身の毛もよだつようなKO劇。
1987年11月21日、王座決定戦で、KO率9割の東洋が誇る強打者、白仁鉄(韓国)を滅多打ちの3ラウンドKO勝ちでベルトを射止めたジャクソンが3度目の防衛戦に迎えたのが後のスーパースター、”テリブル”テリー・ノリス。この試合では敗れるものの、後にWBCスーパーウエルター級王座を獲得し、向かうところ敵なしの勢いで連続KO防衛。対戦は実現はしなかったがパーネル・ウィテカー(米国)やフリオ・セサール・チャベス(メキシコ)らとしのぎを削るほどのテクニック・強打を兼ね備えたスピードスターだった。
ここまで31勝(29KO)1敗のジャクソンに対し、挑戦者は21勝(12KO)2敗。両者の戦法はゴングが鳴る前から予想はついていた。
ワンパンチ・フィニッシャーのジャクソンは初回からプレッシャーをかけ、組み立てなしに一撃必殺の強打一点張り。対するノリスはスピード豊かなフットワークでジャクソンの強打を避け続け、スタミナに難のある王者をジリ貧に陥らせ後半勝負、のはずだった。
1ラウンドのノリスはプランどおりうまく戦った。ジャクソンの強打に対し、前後左右の立体的なボディワークで的を絞らせない。
若い挑戦者のスピードに王者は全くついていけず、虚しく空振りを繰り返す。1ラウンド終了のゴングが鳴った時、ノリスの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
続く2回。ジャクソンのベストパンチを浴びて、ノリスは顔色を失いキャンバスに深々と沈むことになる。
1ラウンドの攻防で相手のスピードに舌を巻いたチャンピオンだったが、この回には早速、勢いづいた若い挑戦者を絡めとるために網を広げ始めた。
「パンチャーズ・アドバンテージ」という言葉がある。スピード・技術・体力その他諸々を競い合うボクシングにおいて、もっとも習得困難なのが「恐怖心」の管理である。マイク・タイソン(米国)を育てた名トレーナー、カス・ダマトは「恐怖は火と同じだ。上手に付き合えば便利なものだが、使い方を誤ると破滅する」と「恐怖心」への処し方を説いていた。
ジャクソンがブロックの上からでもお構いなしに自慢の強打を叩きつけているうちにノリスのボクシングに恐怖が芽生え、この試合初めてロープを背にしたノリスに逡巡の間が生まれた。
KOキング・ジャクソンは仕上げの駆け引きに入り、ノリスは後手に回った。
「上(顔面)に来るのか、下(ボディ)に来るのか」迷ったノリスに対し、ジャクソンは頭を沈める。
下への防御を用意した挑戦者のアゴに意表をついたジャクソンの右フックが突き刺さる。
一瞬の思惑、動作、そして恐怖を支配したのはジャクソンだった。
ロープにもたれかかるように失神したノリス。レフェリーはカウントを途中で中断してジャクソンが3度目の防衛に成功した。
筋骨隆々のジャクソンだが、「KOの秘訣は?」とのインタビュアーの問いに
「パワーじゃない。急所を正確に打ち抜くこと。そしてそのための準備をじっくりやることだ」
と語ったのが印象的だった。
その後も挑戦者たちを恐怖のどん底に突き落とし、思いのままになぎ倒していったジャクソンだったが、4年後の1993年5月8日、今度はジャクソン自身が制御不能なほどの恐怖を撒き散らす挑戦者に直面することになる。