拳を固めてサワディカップ31-1

帰国後も、あわただしく仕事は続く。
2023年の年末に組んだ試合の最終調整。1月26日、フィリピン・セブでのベニー・カネテ(フィリピン)対ピサヌ・チムスムトーン(タイ)のバンタム級10回戦。同行するサイトーンと、連日のスケジュール確認。海外遠征に慣れているサイトーンのおかげで、あまり苦労することもなく、無事に試合当日を迎えることができた。
試合は、若手のホープ、カネテの荒々しいボディブローを浴び、あえなく1ラウンドKO負け。もう少し頑張ってほしかったが、真剣勝負の世界、こればかりは仕方ない。
続く1月29日の大橋波月(湘南龍拳)対キム・ガン(韓国)のバンタム級4回戦のベトナム遠征。
初めてのベトナムへの遠征とあって、ビザや入国手続きに四苦八苦。インドネシアのマッチメイカーのロサと湘南龍拳ジムの川端会長と1日に何度もやり取りをして、何とか無事にリングインにこぎつけた。これまで、タイ人の招聘ばかりだったので、ビザの手続きは本当に楽だったが、国によっては、在留資格認定の申請や、アライバルビザの存在があるということを初めて知った。今後のマッチメイクのために、出入国の仕組みや国ごとのルールをもっと勉強する必要があると改めて感じた。
試合は、大橋選手のハードパンチが初回に炸裂して、1ラウンドKO勝ち。何かと内弁慶な日本人選手が、海外で、萎縮せずに、自分のボクシングを披露できたことに驚いた。この勝利は彼にとって今後、大きな自信になることだろう。大橋選手の今後の飛躍に期待したい。
川端会長からも「いいキャリア作りにご協力いただいてありがとうございます」と、丁寧なお礼のご挨拶をいただいた。こちらこそいい経験になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
さらに仕事は続く。
3月24日、筑豊の白銀ジムの旗揚げ興行の、寺田龍覇(白銀)対ブンチュアイ・ポンスンノーン(タイ)の65キロ級6回戦と、葉月さな(白銀)対ジュターティップ・シッティチェン(タイ)のアトム級8回戦。
3月23日、福岡空港にタイ陣営を迎えに行くと、ブンチュアイが減量に失敗していて、半病人の状態。自宅に連れて帰り、体重を計ると3kgオーバー。思わず目の前が真っ暗になったが、翌日の計量まで最善を尽くすしかない。表を走らせようかと思ったが、この日の福岡は3月だというのに、小雪が舞い散る極寒の空模様。風邪でもひかせては元も子もないので、マッサージで何とか1kg落として田川のホテル入り。
同行してきたサイトーンと何度も話し合った挙句、最後の手段、利尿剤で水抜きをして、何とか計量をパス。計量後の食事もつきっきりで、食べる順番、水分の量、摂取のペースを厳しく監視。食事の後は疲労を取るために、いつもよりも長めに全身をマッサージ。21:00ごろにはやっと顔色に血色が戻ってきた。
試合は、ジュターティップが序盤、葉月の激しい前進をうまくいなしていたが、4ラウンド、葉月の見事な右カウンターを浴び、前のめりにダウン。何とか立ち上がったが、レフェリーが試合を止めた。
続くブンチュアイ。減量失敗が嘘のように、この日は絶好調。頭を振って前進してくる寺田を右に左にいなしながら、効果的なパンチをヒットする。不可解なレフェリーの裁定でダウンを取られたが、全般的にブンチュアイが試合をコントロールしていたと思う。判定は3-0で寺田選手の手が挙がったが、ブンチュアイのポテンシャルを充分に見せつけた内容だったと思う。
試合後、ホテルのレストランでみんなで反省会。けがもなく終わったことにホッとしていると、白銀会長が、ファイトマネーの精算に駆けつけてくれたのだが、白銀会長の隣に、この日のゲストで会場に来ていた、元WBAライトフライ級チャンピオン、具志堅用高氏が。
「お久しぶりです」そう挨拶すると、
「Sジムをやめたことは聞いていたよ。20年間、よくがんばったようだね。今、マッチメイカーのほうで頑張っていると、東京でも評判になっているよ。これからもボクシング界のためにたくさん苦労して、頑張ってほしいよ。体にはくれぐれも気を付けるんだよ」
相変わらず、力強い握手をする方だった。
「次の目標ができているようでよかった。タイで世界チャンピオンも育てて、自信もついただろう。ひとりで歩いていくのはさみしいだろうけど、そういう人間がボクシング界には必要なんだからがんばってよ」
Sジムでマネージャーをしていた2016年9月11日、長崎の諫早市にデビュー戦の選手を連れて行ったときに、ゲストで迎えられていた具志堅氏から声をかけられた。
「ジムのマネージャーは大変だろう。ボクシングジムのマネージャーってのはいろいろと理不尽な事があるから、想像もできない苦労をしていると思うよ」
「毎日しないといけないことがありすぎるから、苦労と思ったことはないです。かつてのアイドル、S会長のそばで仕事ができていることが幸せで仕方ないです」
「それならよかった。ただね、この仕事をしていると、ふとバカバカしくなる瞬間がある。その時にね・・・」
こちらの目を覗き込むようにして、
「自分のことを、かわいそうだと思っちゃだめだよ。絶対にだめだよ」
この時は、彼が言っている意味が全く分からなかった。ただ、何かを心配してくれているのはよくわかった。
この元世界チャンピオンは、若いころから、どれだけさみしい思いや、キツい思いをしてきたんだろう。華やかな環境にいながら、それでもどうしようもないさみしさや、バカバカしさをたくさん経験してきたに違いない。
こんなに優しい、心強い、慮りをいただけるのは本当にありがたい。
また前を向いて頑張ろう。
