拳を固めてサワディカップ32-3


4月20日、8:00起床。
アイスコーヒーで目を覚ました後、屋上プールでひと泳ぎ。全身の筋肉痛がひどい。
思えば、30歳からほぼ一日も休まず、関ジムで選手の指導をしながら、毎日体を動かし続けてきた。その毎日の運動で、気力体力が培われていたのだろう。2020年から始まったコロナ禍で、ジムは開店休業状態に陥り、2022年には、20年間マネージャーをしていた関ジムを辞めた。
毎日ジムを開け、18:00から22:00までの指導に明け暮れる日々から解放され、日中、全力で仕事をこなし、仕事の後は毎晩、仲間と酒を酌み交わす、楽しい毎日がやってきた。暴飲暴食の毎日だったが、それでも年に数回、タイに渡って、選手のミットを持ったり、トレーニングに付き合うのは苦ではなかった。
それがどうだ。ここ最近、ミットの後の手首の痛み、息の切れ方、体の硬さなど、いろいろ不具合が急に出てきた。
なんのことはない。20年間、体を動かし鍛え続けていた貯金で、この数年動けていただけの話だった。関ジム時代の体力の貯金をすべて使い果たし、生身の52歳の衰えが現れただけのことだった。
ミットを持っていても、構えたい場所から数センチ、ズレる。選手の回転の速いコンビネーションパンチにコンマ数秒、間に合わない。世界レベルのボクサー同士にさしたる実力差はない。ほんの一瞬のミス、ここに鋭く反応して突破口を見出し、切り崩していくのが世界のボクシングだ。その一瞬の角度や間を練習時に実演してあげられない。これではトレーナー失格だ。
もう一度、選手についていける体力を取り戻すか、それとも、現場での指導者から身を引くか。
じっくり考える必要があると痛切に感じた。
長めのストレッチで気持ちを切り替え、14:00、タクシーを手配して、サーマート・パヤカルーンジムへ。
自身のトレーニングもかねて、10ラウンド、みっちりミットを持った。
練習後ホテルに戻り、メールチェックをすると、青島氏から6月21日。福岡・小倉での試合の契約書が届いていた。
内容を確認して、プロモーターへ連絡。航空券の手配をして一件落着。今回は3人のタイ選手が出場するので、当日はかなり忙しくなりそうだ。
スーパーバンタム級6回戦、山内翔貴(本田フィットネス)vsウィサヌ・ピムパ(タイ)
スーパーバンタム級6回戦、平野岬(三松スポーツ)vsポンサコーン・ウォンウィーチャン(タイ)
フェザー級8回戦、岡本恭佑(HKスポーツ)VSウォーラポン・ヨーティカ(タイ)
九州が誇る若手ホープたちの相手を務めることになる。これが初興行となるHKスポーツジムの桑原会長のためにも、しっかりとした仕事をしよう。
夕食を取りに、近所のタイレストランへ。
郊外エリアのためか、スクンビットやラチャダーと比べて、物価がはるかに安い。普段は少食だが、ここまで安いとついつい頼みすぎてしまい、ビールものどを通らないくらいお腹いっぱい。値段は安いが、料理はどれもおいしかった。
腹ごなしで近所を散歩。あちこちに屋台が出ていて、街全体が日本の夏祭りのような雰囲気だ。歯の抜けた元気な子供たちが楽しそうに走り回っている。この界隈では外国人の滞在者は珍しいのだろう。しげしげとこちらを眺めて、話しかけようかどうか迷っている感じだ。
にっこり笑って、「サワディカップ。アーユ タオライ ナ(こんにちは、何歳だい?)」
そう話しかけると、「ジェッピー!(7歳!)」
元気のいい返事が返ってきた。
タイ語を聞いて安心したのか、
「どこから来たのか」
「日本はどんな国なのか」
「何をしに来たのか」
矢継ぎ早に質問攻めにあう。
一通りこちらのことを説明すると、
「僕は将来、ムエタイのチャンピオンになるんだ!」
そう言って、シャドーボクシングを始めた。笑ってしまうくらい、形はでたらめだったが、その目はひどく真剣そのもの。基本の構えから、ジャブ・ワンツーを教えると嬉しそうに何度も繰り返していた。
1時間200B(800円)のタイ・マッサージの看板が目に入る。やはり安い。迷わず飛び込み、背中の疲れをじっくりほぐしてもらう。うつ伏せでマッサージを受けながら、いろんなことを思う。
今年は去年よりもさらに忙しくなりそうな雰囲気だ。10年使ってきた事務所はもうすっかり手狭になった。博多駅近くにいいテナントがあったので、そこに引越しをする計画を立てている。従業員も大幅に増やそう。これまでは、仕事の量や質、売り上げ、利益のみを重視して経営してきたが、歳をとったせいか、違う形の経営スタイルを作ってみたいと考えるようになってきた。
居心地のいい職場作りや、配布員たちへの還元率。何かとギスギスした世の中の風潮に逆らうような場所つくりをしてみたい。
若いころと違って、贅沢をしたいとか、蓄財をしたいなどとはもう思わなくなった。
気分よく過ごせる環境に身を置いていたい。当たり前のようにしっかりと働き、当たり前のようにしっかりとくつろげる、当たり前の会社を目指そう。
気持ちのいいマッサージを受けながら、BGMで流れている鳥のさえずりを聞いているうちに、ぐっすりと眠りこんでしまった。
