拳を固めてサワディカップ33-3

4月21日、遅めの10:00起床。向かいの工事のけたたましい作業音で目が覚める。
屋上のインフィニティプールでひと泳ぎ。今日は久しぶりに予定ゼロ。15mを20本泳ぐとすっかりくたびれてしまい、プールサイドのリクライニングで1時間も眠りこけてしまった。
最近、ボクシングのマッチメイク事情が、少しずつ、以前と変わってきた。
契約寸前まで進んでおきながら、直前でのウエイト変更、急遽タイトルマッチに変更になったり、ひどいときには対戦相手が変わったり、試合そのものが白紙に戻ったりもする。プロモーターの意向や、ジムサイドの都合もあるのだろうが、時として、声をかけたボクサーやマネージャーに申し訳ないことをしたと思うことがある。
通常、タイのローカルボクサーたちは、スズメの涙ほどのファイトマネーで試合をこなす。日本や景気のいい海外からお声がかかると、彼らは大喜びで、まだ入ってもないファイトマネーを当てにしてしまう。たまった借金返済の確約をしたり、先行投資として、練習道具を買いそろえたり、トランクスやシューズを新調する者もいる。早合点といえばそれまでだが、その状態で、「あの試合はキャンセルになっちゃったよ」と切り出すのはとても気が引ける。責められることこそないにしても、彼らの落胆はメッセージや電話越しにしっかり伝わってくる。
契約前なんだから、と、ドライに割り切るべきなのだろうが、ここまでタイ人ボクサーと接していると、そう簡単に切り替えられるもんじゃない。もっとしっかり交渉術や、対話術を磨いて、誤解や齟齬、行き違いがないように、交渉人としての腕を上げていこう。
休日は散歩に限る。
これだけタイに来ておきながら、何も予定がなくのんびりするのは本当に珍しいことだ。いつもボクシングのことが頭にあるから、観光をしようが、スパに行こうが、のんびりとくつろげず、結局ジムに足が向いてしまう。日本で仕事をしているときにも思うことだが、頭の切り替えが本当に悪い。仕事終わりで吞んでいても、家に帰っても仕事のことばかり考えている。寝る直前まで、アルバイトたちのシフトのことを考える始末で、毎晩、悪夢にうなされることになる。
こんな調子ではだめだと思いながら、もう20数年、変われずにいる。せめてタイにいる時くらい、腹の底からのんびりしてみよう。
バイクタクシーを拾って、ラチャダー・ソイ17へ。
インタマラ47を歩く。ワタナ・ホテル、ラチャダー17プレイス、バンコク68、LAタワーホテル。いろんな安ホテルを泊まり歩いたおなじみの通りだ。クイッティアオ屋のおやじ、ホテルのフロントのおばさん、マッサージ屋のオカマ、セブンイレブンの店員のオネーチャンまで、ほぼ全員が顔見知りだ。
コロナ前までは、この街で過ごすのが本当に楽しかった。LAタワーマンションの1階で営業していたティナのレストランに集まって、昼間っからビールを飲んでいたあの仲間たちは、今頃どこで何をしているだろう。
いつも白人の彼氏の愚痴ばかり言っていた、オーナーのティナ。
ジャズの帝王、マイルス・デイヴィスの甥っ子だと言い張るボブ。
怪しげなビジネス話を持ち掛けてくる中国系タイ人のリン。
コロナ禍でティナの店が閉店すると同時に、みんなどこかへいなくなってしまった。たまに連絡は来るのだが、みんなあまりうまくいっている様子はなく、どこか元気がない。リンだけが相変わらず、怪しげなビジネスの話を持ち込んでくるが、それでもやはり、以前のようなたくましいハイエナ感は影を潜めている。
うちの選手が勝てば盛大にお祝いをしてくれて、負ければ一緒に泣いてくれる、本当にいい仲間たちだった。また、奴らとこの街で、だらしなくシンハー・ビールを飲んでみたい。
WOW CAFEの向かいのタイ・マッサージで120分コース。普段から愛想が悪いおばちゃんの機嫌がひどく悪い。このおばちゃん、エキサイトすると、マッサージが暴力的に激しくなるので、なだめながら何があったのと問いただすと、
「先週お店に空き巣が入ったのよ。レジのお金、全部持っていかれてさ。警察を呼んでも簡単な現場検証でチャンチャンよ。お金なんか戻ってくるはずもないし、家賃が遅れると大家に言ったら、じゃあ、出てってくれと。それはないわよと、粘っていたら、警察から連絡があって、犯人が捕まりましたと。それがさ、うちの息子だったのよ。もう恥ずかしくてね。この街にいられないわよ。まあ、出てきゃしないけどね」
笑いをこらえるのに必死だった。チップを多めにあげてさっさと退散。
フワイクワンまで足を延ばし、小汚い屋台で遅めの朝食。
「あら、あんた、トイレのお兄ちゃんじゃない?」
ビールを持ってきたおばちゃんから声を掛けられる。
そういえば、5年ほど前、、屋台横のトイレのドアが壊れたとかで、修理を手伝わされたことがあったのを思い出した。お礼に腹いっぱいビールをごちそうになったっけ。結局この日も換気扇の修理を手伝わされる。修理が終わると、またもや大量のビールとパッカパオ(挽肉炒め)のお礼。蒸し風呂のような屋台でだらだらと汗をかいていると、工事現場で使う巨大な扇風機を3台、3方向から浴びせてくれた。おかげで30分後、髪は垂直に逆立ち、まるでドン・キングのようだった。
最後の仕上げは、屋台前のビルの二階、ホワイクワン・テラスへ。
リージェンシー・ウィスキーを飲みながら、生バンド演奏を満喫した。さすがにバンドメンバーは以前のメンバーじゃなくなっていたが、なじみのボーイ君は相変わらず元気そうだった。ド迫力のハードロックやメタル演奏を楽しんだ後、こちらのことを知っているボーイ君がそうさせたのか、ラストソングはサバイバーのアイ・オブ・ザ・タイガーだった。
せっかくボクシングのことが頭から飛んでいたのに、と思ったが、あまりのうまさに思わずスタンディングオベーション。
メンバーを全員席に呼んで、エンドレスの酒盛りが始まった。
