ベストパンチ11

1994年11月5日 米国 ネバダ州

WBA・IBFヘビー級タイトルマッチ
挑戦者 ジョージ・フォアマン(米国)KO10R チャンピオン マイケル・モーラー(米国)

メキシコオリンピックの金メダリストを経てプロ転向。KOの山を築き、1973年1月22日、伝説モハメド・アリのライバル、”スモーキング”ジョー・フレイジャー(米国)をわずか2ラウンドの間に6度もマットに這わせ世界ヘビー級王座に駆け上がったフォアマン。防衛戦ではアリのアゴをも砕いた強打者ケン・ノートン(米国)も難なく2回で料理。「象をも倒す強打」と呼ばれフォアマン王朝はどこまでも続くかに思われた。

完璧なKO劇を演出しているにもかかわらず、世界中のボクシングファンから愛情を持ってリスペクトされなかったのにはふたつの理由がある。ひとつは強すぎたこと。もうひとつはベトナム戦争徴兵を拒否、アメリカ国家と戦ったことでボクシングライセンスを国によって剥奪され、敗れずして王座を追われたスーパースター、モハメド・アリのカリスマには遠く及ばなかったこと。

悪名高いベトナム戦争が終結した後、民衆のヒーロー、アリがカムバックしてきた。当然、フォアマンに挑戦状を叩きつけるのだが、アリの全盛期は過去のもので、盛りを迎えた怪物王者フォアマンには勝てないだろうとの予想。しかし、ザイールのスタジアムでアリは8RKOで奇跡の王座復活を遂げ、伝説へと昇華した。

アリの引き立て役に終わってしまったフォアマン。その後無名相手に冴えない試合で判定を落とした後、ひっそりとリングから姿を消した。

しかし、10年後の1987年、かつての自分のような不良少年を更生させるユースセンター運営維持のため、フォアマンは突如リングに戻ってきた。野獣のようなかつての風貌は消え、つるつるにそりあげた頭、ビア樽のように突き出た腹。かつて1試合で数ミリオンを稼ぎ出した元チャンピオンは、数千ドルの屈辱のファイトマネーでドサ回りを続けていた。色物ショーのようなKO勝ちの後のインタビューで「世界王座に返り咲くんだ」と語っていたが記者たちは苦笑いして手帳を閉じた。

色物とはいえカムバック後、全戦全勝。そのほとんどがKO勝ちで世界ランキングに顔を出したフォアマンにイベンダーホリフィールド(米国)やトミー・モリソン(米国)らと世界ヘビー級王座を争う機会が訪れたが、スローではあるが豪打は健在のフォアマンと打ち合ってはくれず、ワンサイドの判定負けを喫し、40代での王座返り咲きはやはり夢なのかと諦めかけたところに老雄に最後の舞台がセットされた。この時フォアマン45歳。

ヘビー級史上初のサウスポー王者、モーラーは名門クロンクジムで腕を磨き、ライトヘビー級で無敵を証明した後、最強の称号を求めてヘビー級に進出。フォアマンを撃退したホリフィールドから12回判定勝ちでベルトを強奪した。左構えから繰り出されるコンパクトな強打には定評があり、脂の乗り切った26歳。フォアマンに最後の引導を渡すものと思われた。

世界の頂点に立ったモーラーだったが、かつてのフォアマンと同じくボクシング界の中心には君臨できてはいなかった。マイク・タイソン(米国)の不在、”ピープルズ・チャンプ”ホリフィールドからのベルト奪取、プライベートでの警察沙汰など、スーパースターになるにはあとひとつもふたつも足りないものがあった。

1ラウンド、フォアマンの衰えがひどい。ひたすら両腕で顔面をブロックしてモーラーにのろのろと歩み寄っていく。チャンピオンはきびきびとしたボクシングでガードの上からお構いなしにシャープな連打を叩き込む。

2ラウンド以降レフェリーがいつ試合を止めてもおかしくないほどの残酷ショーになった。インサイド・アウトサイドから的確なパンチを決めるモーラーの打ち終わりに見え見えの大振りを一発だけ振り回すフォアマン。観客ももはやフォアマンが勝てるとは思っておらず、偉大なベビーブーマーの最期を敬意を持って見届けていた。

モーラーのセコンドの指示はひとつ。「フォアマンの正面に立つな」
なすすべもないフォアマンだが当たれば一発で試合を終わらせる破壊力は健在。このままモーラーがヒット・アンド・ランを繰り返せば王座防衛は間違いなかった。

グロテスクなほど顔が変形したフォアマンは大振りを繰り返す。6ラウンドその大振りを見切った王者が右フックをカウンターする。小山のような巨体が揺れる。モーラーに「倒して勝ちたい」色気が出た。

モーラーのセコンドが「狙うんじゃない。ヤツの正面に立つな」と叱咤するが、あと一撃、もう一発でビッグネームを沈められるチャンスに目がくらんだモーラーには届かない。

10ラウンド、足を止めて仕上げにかかったモーラーのアゴを執念のベストパンチが抉った。

2.3発打っては必ずサイドに回る作戦を忠実に守ってきた若き王者が、瀕死の状態であえいでいる老雄を見て我を忘れた。

45歳だからこそ張れる巧妙な罠に26歳が引っかかった。

この日ほとんど初めて放った右のショートストレートがモーラーのアゴに吸い込まれた。

轟音を立ててモーラーが背中からキャンバスに落ちる。MGMグランドの観衆が一瞬静まり返った。10カウントが数え上げられたときフォアマンは天を見上げてコーナーポストに跪き神に頭をたれた。

「これでアリの亡霊から開放されることができた。モーラーは若くて強かった。世界中の中年男たちにも夢を見てほしい」

どんなスーパースターでも引退時を見誤り、悲しい最期を迎えることが多いボクシングにおいて珍しいハッピーエンドだった。