ベストパンチ13

1996年8月10日  タイ ピサヌローク

WBCバンタム級暫定王座決定戦

1位 シリモンコン・シンワンチャー(タイ) KO5R 2位 ホセ・ルイス・ブエノ(メキシコ)

ムエタイ王国、タイに魅力的な新王者が誕生した。弱冠19歳のシリモンコンは国技・ムエタイやアマチュアボクシングで圧倒的な強さを誇り国際式ボクシングに転向。連戦連勝でまずはマイナー団体、WBUで2階級制覇。日本で鬼塚勝也(協栄)と2度の激闘を繰り広げた同国人の先輩、カオヤイ・マハサラカムを3ラウンドKOに仕留め、世界1位まで駆け上がり、満を持してメジャータイトルに照準を当ててきた。

一方、ブエノも日本におなじみ。”韓国の石の拳”文成吉から判定でWBCスーパーフライ級タイトルを獲得するも、日本の超絶テクニシャン、川島郭志(ヨネクラ)の挑戦を受け完敗。リターンマッチでも敗れ去り、ならばと1階級上げてウェイン・マッカラー(英国)が返上したバンタム級王座をタイの俊才と争うことになった。メキシコの名匠、イグナシオ・”ナチョ”ベリスタインの秘蔵っ子で攻防ともにまとまりがあり、川島の瞼をブラック・アイにさせた強打も階級を上げたことでパワーアップ。試合前の予想はブエノ有利が多数を占めた。シリモンコンの父、マノップ氏でさえ「息子は絶対勝てるなんて言っているけど私は怖くて仕方がない。キャリアが違いすぎる。息子は2階級制覇しているといっても所詮マイナーなWBUだからね。ブエノとは場数が違う」と悲観的。ブエノ29勝(22KO)7敗1分に対しシリモンコンは18戦全勝(7KO)とわずか半分のキャリアしか積んでいなかった。

開始ゴングが鳴ってすぐ、シリモンコンが並みの新人ではないことがはっきりとわかる。リズムの取り方こそムエタイの名残を残すスローなものではあるが、様々なフェイントをかけてくるブエノに対しての反応が実に鋭い。これがデビュー2年目の19歳のボクシングかと思うほど才能を感じさせる立ち上がり。

ジャブの応酬だけでも実に見ごたえがある。シリモンコンのジャブは訓練によって体に叩き込まれたものではなく、距離感やタイミングをしっかりと把握して勘や反射・反応で繰り出されている。かたやブエノもキャリアを生かした絶妙の駆け引きで若きタイ人のミスを伺っている。

2ラウンドまで静かな探りあいを見せていた両者が3回、ペースを上げ始めた。

タイ人の連打がやや大降り気味で荒くなるのを見越したブエノが、コンパクトな右カウンターを合わせにいったところに、シリモンコンのさらにコンパクトな右ショートストレートがブエノのアゴを打ち抜いた。

膝から崩れたブエノが唖然とした表情でカウントを聞く。立ち上がった直後、ラウンド終了のゴングに救われた。

ダメージ回復のため、続く4ラウンドを軽く流したブエノ。シリモンコンは深追いをせず、心憎いまでの落ち着きでリングを支配。精神の集中が凄い。

迎えた第5ラウンド。歴戦の勇者ブエノを衝撃のベストパンチが打ち砕いた。

軽やかなフットワークのシリモンコンにファイタースタイルで追いかけたブエノが威嚇をこめた右強打を叩き付けた。ブエノには3ラウンドに食らった右のタイミングが脳裏に残っている。

カウンターが飛んでくれば軌道を変えて回避。シリモンコンがパンチを合わせてこなければこの右を振りぬく。そんな思惑で打ち出した右強打。

飛んでこない、打ってこない。意を決し振りぬく腹を決めたブエノ。だがここでも童顔の19歳のセンスがブエノを上回った。

覚悟を決めパンチを打ち抜いたブエノの上体はロック。もはや軌道修正できない絶妙のタイミングまで引き付けておいて、完璧な右ショート・ストレートがシリモンコンから発射された。

失神し、キャンバスに大の字になったブエノにカウントは必要ないとマーティン・デンキン(米国)レフェリーは両手を交錯して試合を止めた。

ムエタイという土壌があるとはいえ、タイにはこうした年齢・キャリアを超越した怪物や天才が出現するが概して彼らは天才肌の練習嫌い。シリモンコンも例外ではなく、この後3度の防衛に成功したものの、1997年11月22日、挫折を知ったかつての天才、辰吉丈一郎(大阪帝拳)の前にキャンバスを舐める事になる。