ベストパンチ15
2012年10月20日 米国 ニューヨーク州
WBA&WBC スーパーライト級タイトルマッチ
王者 ダニー・ガルシア(米国)KO4R 挑戦者 エリック・モラレス(メキシコ)
メキシコが誇る闘将、”エル・テリブレ(恐怖)”のニックネームを持つモラレスの落日を見た。
アマチュアでキャリアを積んだ後プロ転向。わずか21歳で日本にもおなじみの老獪なベテラン、ダニエル・サラゴサ(メキシコ)から11ラウンドTKOでタイトルを強奪。チャンピオンとして常に最強の相手と防衛戦をこなし、ポーリー・アヤラ(米国)やケビン・ケリー(米国)、グティ・エスパダス(メキシコ)、ほかにも名だたる元チャンピオンらの挑戦も問題とせず、磐石の強さで一蹴した。
中でも特筆すべきは同国人、マルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)との火の出るようなライバル対決。共に敵意をむき出しにした両者は、観客総立ちの壮絶な打撃戦を演じること3度。端正なマスクと痩身に似合わぬ度胸満点のダイナミックなファイトで世界中のファンを魅了した。
フィリピンのセンセーション、マニー・パッキャオに完膚なきまでに倒されたモラレスだったが、そのブランド力は健在。悲願の4階級制覇を目指して、敗れはしたもののデビッド・ディアス(米国)やマルコス・マイダナ(アルゼンチン)に果敢にアタック。衰えることのない闘争心の権化の前に運命の女神もとうとう根負け。2011年9月17日、WBCスーパーライト級王座を獲得。殿堂入りを確実にする大偉業を達成した。
大仕事を成し遂げたモラレスだったが、余力を残しての引退を良しとせず、当然のように防衛戦に臨む。初防衛戦の相手はアメリカの新鋭、ガルシア。前日の計量でモラレスは痛恨のウェイトオーバー。戦わずしてタイトル剥奪、試合でも精彩を欠き、大差の判定負けを喫した。
消化不良の戴冠を果たしたガルシア。実父をセコンドとして二人三脚。オリンピック選考会で敗れたのを機にプロ入り。巧みなマッチメイクで連戦連勝。左右の強打を武器に思い切りのいいファイトで地元フィラデルフィアのファンを沸かせるものの世界レベルではもうひとつ垢抜けず。晩年でしかも調整ミスのモラレスからの勝利ではその評価が高騰することはなかった。
そのガルシアが化ける。新王者の初防衛戦はWBA王者アミール・カーン(英国)との統一戦。ガルシアはカーンのスピード満点のボクシングにも我を失わず、スーパースター候補から衝撃の4Rノックアウト勝ちでセンセーションを巻き起こすと、続く防衛戦として汚名挽回に燃えるモラレスとのリマッチがセットされた。
1R、36歳の大ベテラン、モラレスはゆったりとした構えから、12歳年下の王者の隙をじっと伺う。ガルシアも万全に仕上げてきたであろう元王者に敬意を表してアクションは控えめ。
2R、ミスを待つばかりで全く仕掛けてこないモラレスに、ガルシアが探りを入れる。明らかに反応が悪く後手後手に回るモラレス。ベテランならではの網を張り、対戦者が引っかかるのを虎視眈々と待つのだが、カーン戦で一皮向けた王者はむやみやたらと仕掛けることはせず、冷静に老雄の衰えを分析している。駆け引きのガルシア、待ちのモラレス。この時点で勝負はほとんど決まっていた。
3R、このままではポイントが取れないと意を決してモラレスが仕掛けるが、その攻撃には覚悟がこもったものではなく、難なくガルシアに捌かれる。ラウンド終盤にはワン・ワン・ツーでグロッギーに。若者の土俵に引っ張り出されたモラレスを待ち構えていたのは非情のベストパンチだった。
4R、モラレスのダメージに確信を持ったチャンピオンがいつものように攻めて出る。繰り出す左右の強打はどれも本物。モラレスはロープ際までヨロヨロと下がり防戦一方。だが老雄にはたくらみがあった。メキシカン自慢の左フックを用意。ガルシアが左に体を倒したときに死んだふりから一転、カウンターで打ち出せば、王座返り咲き間違いなしのはずだった。
策士が策に溺れた。
左フックを打たされたのはガルシアではなくモラレスの方だった。
撃墜されたゼロ戦のように錐揉みしながらメキシコのレジェンドはキャンバスに墜落。その倒れ方を見てレフェリーがノーカウントで試合を止めるのと、モラレスのセコンドがリング内に飛び込んでくるのはほぼ同時だった。
「技」だけでは「心・技・体」そろったかつての自分の様な若武者の勢いを止めることはできなかった。