ベストパンチ16
1979年2月4日 イタリア ロマーニャ州
WBCスーパーフェザー級タイトルマッチ
王者 アレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)KO13R 挑戦者 アルフレド・エスカレラ(プエルトリコ)
ニカラグア初の世界チャンピオン、”痩身の爆撃機”アルゲリョのキャリア全般を通じての芸術的なノックアウト。
内乱で有名なニカラグアはマナグアに生まれたアルゲリョ。貧しい国にありがちな不良少年からこのワールドワイドな競技にのめり込み、ボクシング後進国でありながらその洗練されたファイトで着実に実力をつけ、根気よく世界ランキングを駆け上がってきた。
1974年2月16日の世界初挑戦こそエルネスト・マルセル(パナマ)の牙城の前にキャリア不足を突かれ戴冠は逃したものの、この敗戦を糧とし、同年11月23日、メキシコの伝説、ルーベン・オリバレスから衝撃の13RノックアウトでWBAフェザー級チャンピオンに輝く。防衛戦は4度、いずれも圧倒的なKOで敵なしを証明。さらなる高みを求めて1階級上のWBCスーパーフェザー級王者、エスカレラにアタック。強打と技巧が交錯した名勝負の末、見事なノックアウトでダブル・クラウンを手に入れた。
その後、二度のタイトル防衛を果たすものの、続くノンタイトル戦でまさかの判定負けを喫し、さらに防衛戦でもKOを逃し判定勝ちにとどまった。
復讐に燃えるエスカレラも王座陥落後も強打と技巧に磨きをかけランキングをキープ。冴えない試合が続いたライバルを見て今こそと、リベンジマッチに臨んだ。
ともに26歳と脂の乗り切った一級品同士の一戦はイタリアが舞台となった。アルゲリョ57勝(39KO)5敗、エスカレラ43勝(25KO)8敗2分。共にキャリアは十分だった。オッズは5分。どちらに転んでもおかしくなかった。
本来、パナマ特有のバネの効いた柔軟なボクシングを見せるエスカレラが1ラウンドからどっしりと構え、重厚なプレッシャーをかけていく。動き終わりを狙われた初戦を教訓とした新戦法。一方アルゲリョは覗き見ガードからタイミング重視でパナマ人のミスを慎重に窺う。
アルゲリョのボクシングは基本的に遅い。足のリズムこそ並程度のリズム感があるがパンチのスピードやボディワークに見るべきクイックネスは見受けられない。
3ラウンド、打ち合いからの離れ際に左フックを決め、アルゲリョがカウント8のダウンを奪う。挑戦者に深刻なダメージはなく、すぐに建て直しを図るが、続く4回、アルゲリョの長いリーチを殺そうと強引に距離を詰めた所に王者はさらに上をいくようなコンパクトに腕を畳んだ左フックをエスカレラのアゴに叩き込み2度のダウンを追加。最近の拙戦がウソのような王者の出来だ。
同じ相手に敗れてはもう世界の舞台に返り咲くことはあり得ない。リングサイドで妻子が見守る中、敗色濃厚なエスカレラが本来のスタイルに戻し正面突破の覚悟を決めた。これが功を奏し、王者をロープからロープへ追い回し、逆転への一縷の望みをつなげた。
一進一退の激闘にピリオドを打ったのは前回と同じ13ラウンド。残酷なまでのアルゲリョのベストパンチだった。
完全に左フックのタイミングをつかんでいるアルゲリョだが、同じタイミングではエスカレラは耐える。何度自慢の強打を叩き込んでも立ち向かってくるエスカレラにアルゲリョはある作業を追加した。
前進する。もみ合いになる。レフェリーが両者を解く。頑張れば頑張るほど、ボクサーなら気を抜いてしまう瞬間。直後、ぽっかりと空いた間に傍目には遅いパンチ、しかしエスカレラとっては閃光のような左フックが深々と命中した。
棒のように倒れたエスカレラ。懸命に立ち上がるが三半規管を破壊されたその足はもはや言うことをきかず、たたらを踏んでコーナーポストに顔面ダイブしてイタリアの決闘は終わった。
「とにかく必死で頑張る」エスカレラと「どこで何を頑張る」か、に焦点を合わせたアルゲリョの差。
速さとは絶対的なスピードではなく、遅いパンチでも相手に速いと思わせることができればそれは「速いパンチ」になる。
アルゲリョの強さの秘密が詰まった一戦だった。