ベストパンチ17

2008年6月28日  米国ネバダ州

WBCライト級タイトルマッチ
挑戦者 マニー・パッキャオ(比国)TKO9R 王者 デビッド・ディアス(米国)

ボクシング界の常識をことごとく覆すフィリピンの英雄、パッキャオが魅せたテクニカルなベストパンチ。

ボクシングファンなら知らぬものはいないワンダーボーイ。1998年12月4日、勇利アルバチャコフからタイトルを奪った万能テクニシャン、チャッチャイ・ササークン(タイ)を左ストレート一発でノックアウトしてまずはWBCフライ級王座を獲得するも、防衛戦では先輩のリベンジに燃えるタイの若手、メッグン・シンスラットに調整不足を突かれボディーブローであえなく3RKO負け。ワンツーしかない勢いだけの一発屋で終わるものと思われていた。

ここまでは「マネージメントを依頼されたが、これからの成長を感じさせるほどの芸がないので断った」という日本ボクシング界の大物、ジョー小泉の見立ては当たっていた。

そのパッキャオが本場アメリカに渡って大変身を遂げる。一気に3階級上げ、南アフリカが誇る攻防兼備の名チャンピオン、リーロ・レドワバを伝家の宝刀左ストレートで鮮やかにノックアウト、2階級制覇を達成。ここからアジアの噛ませと目されていた小兵の快進撃が始まる。

ホルへ・フリオ(コロンビア)、マルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)、エリック・モラレス(メキシコ)、その他中量級のトップたちをことごとく退け易々と4階級制覇。「もう限界だろう」という有識者の常識の目を裏切り続け、単なるスーパースターにとどまらずレジェンドの高みへと突き進んでいく。

5階級目のターゲットにされたのはWBCライト級王者ディアス。アトランタオリンピックでは2回戦で敗退するものの、プロ転向後は連戦連勝。パッキャオと同じサウスポースタイルながらアマチュア上がりらしからぬ粘り強いボクシングで堅実に白星を重ね、実になる挫折をも糧にして世界王座に辿り着いた猛者。スーパースター候補のフィリピン人を食ってスターダムにのし上がることを目論む32歳。34勝(17KO)2敗1分。

初回から両者らしい攻防。ドーピングを疑われるほどのパッキャオのテンションの高い超攻撃型のボクシングに対し、王者はこれまで自身を支えてきてくれた大人のボクシングで打ち終わりを冷静に狙う。

若武者のボクシングの対してベテランは必ずこう思う。「いつまでもこのペースが続く訳はない。失速する後半に叩いてやれ」

パッキャオと対戦してきた相手は全てこの読みが間違いであることに後半になって気づかされる。比国のセンセーションは失速するどころかますますペースを上げハリケーンの様に対戦者を飲み込んでいく。

元オリンピアンの王者の引き出しは見た目以上に多彩。序盤はパーリング主体、挑戦者の勢いが止まらないとなると体格を活かしたブロッキングにスタイルチェンジ。パッキャオの体力を消耗させる手に出るが、パッキャオの出入りがこの日は出色で、王者自慢の打ち終わりに付け込む出鼻を空回りさせる。

4Rにディアスは右目をカット。流血に悩まされながらもパッキャオの失速を待つが、挑戦者の勢いは止まらない。

5R以降、ポイントを意識した王者がアグレッシブに打って出る。打ち合いはパッキャオのお手の物。その中で調子づいたパッキャオのディフェンスがおろそかになるのを熟練の王者は狙っていた。

迎えた9ラウンド。グイグイと前に出るパッキャオのワン・ツーに王者は左アッパーのカウンターを用意した。

パッキャオは下の階級から上がってきただけに身長・リーチが短い。故にそのフォームは極端なまでの半身で対の手の引きで距離やパワーを生み出している。それを見越してのディアスのカウンターだった。

パッキャオがジャブを打つ。次に飛んでくる左ストレートは弓のように思い切り引いてあるはずだった。だが実際、この瞬間、パッキャオの左こぶしは右肘に隠されていた。

満を持して放ったディアスのアッパーより一瞬早く、まさかの左ショートストレートが熟練王者のアゴを打ち抜いた。

ハイテンポの中の妙。ディアスが諦めの表情で顔面からキャンバスにダイブした瞬間、リングサイドで観戦していた次なるターゲットである6階級制覇のスーパースター、オスカー・デラホーヤ(米国)の顔に戦慄が走った。