ベストパンチ22

1996年3月23日 米国 ネバダ州

WBCフェザー級タイトルマッチ

1位 ケビン・ケリー(米国)判定12R 王者 グレゴリオ・バルガス(メキシコ)

小粒揃いだった90年代前半の中量級、本場メキシコから本格派の王者が久しぶりに誕生した。
1993年9月28日、時の王者は21勝(20KO)の猛ラッシャー、ポール・ホドキンソン(英国)。壮絶な打撃戦の末7回KOでWBC王座を強奪。厚い胸板にたがわぬ無尽蔵のスタミナ、短く太い首が示すような驚異的なタフネス。もって生まれたフィジカルを武器に徹頭徹尾打ちまくるそのスタイルはまさにメキシカン好み。田舎町イダルゴ出身の23歳の前途はどこまでも洋々と開かれているはずだった。

その初防衛の相手としてバルガスの前に立ちふさがったのが、強すぎるがために各団体の王者からすっかり敬遠され、長らく1位の座に甘んじてきた無冠の帝王ケリー。サウスポースタイルのそのボクシングは正統派ながら”フラッシング・フラッシュ”の異名が付くほどスピード満点。全階級通じての好試合が期待された。ここまでバルガス29勝(20KO)3敗1分、ケリー、36戦全勝(26KO)。

初回から両者の持ち味が如何なく発揮された。クラウチングスタイルの覗き見ガードで重厚なプレッシャーをかける王者。これに対して黒人挑戦者は極端な半身の態勢から鋭い左右のストレートをビシビシと決める。軽打、強打を巧みに織り交ぜ肉薄しようとするバルガスだが、この日のケリーの足捌き、ボディワークは出色でその全てが空を切る。

2,3発の連打では足の速いケリーを捕まえきれないと悟ったメキシカンはさらにギアアップ。ケリーが繰り出す速射砲のようなシャープな連打を被弾しながらもきっちりと芯は外しつつ、マシンガンの軌道・タイミングをガードの間から虎視眈々と窺っている。ますますプレッシャーを強めていく。

各ラウンドは僅差ながら、テンポイント・マスト・システム式に採点すればポイントはケリーが着実にリードしている。王者もそれは十分承知の上。ケリーのジャブに合わせるノーモーションの右もタイミングが合い出した。後半にはしとめられるだろう。そんな目論見のチャンピオンを予期せぬアクシデントが襲った。

4回、切れのある挑戦者の左ストレートで右目の下が腫れ出した。セコンドの懸命な腫れ止めの甲斐もなくそれは攻防に支障をきたすほどにみるみる悪化していった。

レフェリーストップも懸念されるほど腫れ上がった右目。通常サウスポーは右回りが鉄則。ましてやバルガスのような強打者と対峙するならなおさらのこと。しかし、面白いように左が当たるケリーはこれまでと戦法を変え、バルガスの右サイドへステップを切り左パンチからの攻めに切り替えた。視界を奪われなすすべもない王者は撃たれながらもケリーの足の位置をじっくりと観察していた。8ラウンドまでのポイントは完全に挑戦者に流れている。

王者には絶望的な、挑戦者にとってはノックアウトへの色気が出た第9ラウンド。敗色濃厚な王者がピンチの中で見つけたワンチャンスを逃さず放ったベストパンチが炸裂する。

ノックアウトでの勝ちを焦ったケリーが左フックからの4連打を繰り出す。そのステップインはこれまでの右サイドへ踏み出すものではなく直線的なものだった。この瞬間を待っていた王者が3発目のパンチにワン・ツーを完璧に合わせた。

もんどりうってキャンバスにダイブしたケリー。その顔には驚愕の色が浮かんでいた。

惜しむらくはこのパンチが腫れのためもうひとつ照準が合わず、クリーンにケリーのアゴを捕らえられなかったこと。カウントエイトでかろうじて立ち上がった挑戦者は以後のラウンド、もう無理はせずポイントアウトに徹し大差の判定勝ちを収めることになる。

敗れはしたものの、どんな不利な状況でも1%の勝機を確実に掴みにいこうとするメキシカンの勝負強さを見た。