ベストパンチ31
1997年9月6日 米国テキサス州
WBCスーパーバンタム級タイトルマッチ
挑戦者 エリック・モラレス(メキシコ)KO11R 王者 ダニエル・サラゴサ(メキシコ)
老いたる闘将、サラゴサ対スーパーホープ、モラレスの鮮やかな新旧交代劇。
日本にもおなじみサラゴサのリングキャリアは驚異的。1980年のメキシコオリンピックに代表として出場するも準々決勝で敗退。名将、”ナチョ”ベリスタインの薫陶を受けプロデビュー。1985年、フレディ・ジャクソン(米国)と空位のWBCバンタム級王座を争い、7回反則勝ちで戴冠。初防衛戦でミゲル・”ハッピーー”ロラ(コロンビア)に判定で敗れ王座陥落。しかしめげることなく1階級上げ、メキシコのレジェンド、カルロス・サラテに10回KOで2階級制覇。5度の防衛後、ポール・バンキ(米国)に9回KO負け、再び野に下る。不死鳥サラゴサは畑中清詞(松田)からワンサイドの判定勝ちで王座奪回、シェリー・ヤコブ(フランス)に敗れるまでこのタイトルを二度防衛。不屈のメキシカンはさらにもう一度王座返り咲きを果たした後、辰吉丈一郎(大阪帝拳)や原田剛志(ハラダ)を子供扱いしてこのクラス最強を証明。年齢からくる衰えも老獪なテクニックで巧みにカバー。名王者としての地位を不動のものにした。
その王者の前に立ちふさがったのが昇り龍、モラレス。アマチュアで優秀な成績を残した後プロ入り。国内タイトル・北米タイトルを難なく獲得、その防衛戦も圧倒的な強さで破竹の快進撃。173cmの長身から繰り出されるソリッドな強打を武器にKOを量産。痩身に似合わぬアグレッシブなスタイルと抜群の勝負度胸で評価もうなぎのぼり。マルコ・アントニオ・バレラやエンリケ・サンチェスとともにメキシコが誇るニューカマーとして満を持してベテラン王者サラゴサにアタック。39歳の王者に対し挑戦者は弱冠21歳。サラゴサ55勝(26KO)7敗2分、モラレス26戦全勝(21KO)。
圧倒的下馬評の中、サラゴサが自身のボクシング人生の集大成を披露する。あらゆる戦力で劣る王者は辰吉や原田たちにしたように、相手のボクシングをスポイルしながら若い挑戦者のスキを抜け目なくついていく。一見すると雑にも見えるそのサウスポースタイルは相手に気を抜かせるためのあらゆるエッセンスが散りばめられている。ストレートと見せかけ大きなフック。バッティングも交えた実に粘っこいボクシングでモラレスの動揺を誘う。これまでは大いに奏功してきたこのスタイル、今回ばかりは相手が悪かった。この日の挑戦者はわずか21歳にしてパワー、技術、スピードのみならず、勝負の綾までも備えた本物の倒し屋だった。
6ラウンドまでは得意の攪乱戦法で何とか互角に渡り合ってきたが、7回以降、主導権を奪われたチャンピオンはあろうことか、正攻法で勝負に出た。おそらくこの挑戦者にはもう勝てないと悟ったのか、己のキャリアの最後を飾るかのように、引導を覚悟したかのように撃ち合いに行っては若い挑戦者のパンチをこれでもかと浴びた。
サラゴサの悲壮な覚悟が美しい。
10ラウンド、手負いの王者はモラレスをロープに詰めて最後の力を振り絞り総攻撃をかける。が、そのほとんどは空を切り、うち終わりに正確なリターンを浴びる。2分過ぎ、最後のスタミナも切れた。モラレスの連打からの右ボディでついにダウン。立ち上がるも連打で追い回され立っているのがやっと。ゴングに救われる。
迎えた11ラウンド、サラゴサが信じられない精神力でラッシュをかける。豪快な左フックでモラレスをぐらつかせるが後が続かない。足はもつれ、がむしゃらに打ちかかっていくその姿にベテランの老獪さはない。必死な39歳とそれを冷静に観察する21歳。次の瞬間、左ジャブを目隠しのようにかざしたかと思うと、続く槍のような右ストレートがベストパンチとなって瀕死のベテランの意表をつきボディに深々と突き刺さった。
弾かれるように背中からキャンバスに叩きつけられた王者はカウント以内に立ち上がれずチャンピオンが交代した。
ニュースターの誕生に沸き返る場内。一方、コーナーのスツールに腰掛けがっくりとうなだれる元王者。年齢相応の深いシワが刻まれたその表情は長きに渡って勤め上げた自身のキャリアに満足したかのように誇らしげだった。