ベストパンチ2

1990年12月8日 米国 アリゾナ州

IBF ライトフライ級タイトルマッチ 
チャンピオン マイケル・カルバハル(米国)KO4R レオン・サラサール(パナマ)

熱心なボクシング一家に生まれたカルバハル。家族で結束の固いチームを組み順調にボクシングキャリアをスタートさせた。最初のボクシング人生のハイライトは1988年、ソウルオリンピック。優勝間違いなしと太鼓判を押されたが、決勝戦でドイツのフリストフに僅差の判定で涙を呑み銀メダルに終わってしまった。だが、カルバハルは落ち込むことなく元気にプロ入り。その軽量級離れした強打とプロ向きのダイナミックなボクシングで地元アリゾナ州フェニックスのファンたちを熱狂させた。

無敗で迎えた15戦目。ついに世界タイトルマッチのチャンスがやってくる。王者はタイの天才、ムアンチャイ・キティカセム(タイ)。強打で鳴るチャンピオンに地元でアタックしたカルバハルは思う様打ちまくり4度倒して7ラウンドにノックアウト。スーパーチャンピオンへの階段を登り始めた。

迎えた初防衛戦。挑戦者は15勝のうち12KOを誇るハードパンチャー、サラサール。1発1発力を込めて叩き込むタイプで、その左フックには一撃必殺の威力を秘めている。軽やかなフットワークを持たず打ち合いも辞さないカルバハルにはひょっとしたら、の不安もある対戦相手だった。

その心配は杞憂に終わる。1ラウンドからカルバハルは高いガードでサラサールのパンチをはじき返し、数センチ単位の細かな距離感でにじり寄り、ガードの隙間から虎視眈々とタイミングを測っている。

スピードあふれるフットワークに乗って軽快な手数で勝負するのがセオリーの軽量級のボクシングである中、カルバハルのスタイルは明らかに異質だった。よほどパンチ力に自信があるのか、カルバハルは捨てパンチを打たずひたすら一発強打にこだわり続ける。

サラサールも自慢の強打を打ち込んでいくのだが打っても打ってもパンチを殺されプレッシャーをかけられていく絶望的な展開に意を決して勝負に出る。

第4ラウンド。一息ついたのか、カルバハルのプレッシャーが弱まった。倒し屋サラサールもここを見逃さず、攻勢をかける。

しかし、これはカルバハルがその若さに似合わず仕掛けた巧妙な罠だった。

鋭くステップインしたサラサールが左を打つ。カルバハルは小さくステップバックする。
もう一度ステップインして左。カルバハルはまたステップバック。
手ごたえをつかんだ挑戦者は自慢の右を叩き込む。王者はその場でこれをブロック。
受けに回ったチャンピオンに挑戦者は数々の対戦者の顔面を粉砕してきたあの左フックを打ち抜いた。

これで試合は終わり、チャンピオンは交代するはずだった。

そのサラサールの目の前に現れたのは今日のベストパンチ。防戦一方のはずのカルバハルの左フックだった。
首がちぎれるほどの絶妙のカウンターを浴びた挑戦者は立ったまま失神。棒のように前のめりに倒れた。

この1戦でカルバハルは完全にタイミングをつかんだのか、この後の防衛戦で何度も芸術的な左フックでKOを量産していく。対立王者、ウンベルト・ゴンサレス(メキシコ)との統一戦でもこのパンチで大逆転KO。一流王者としての称号を得、ニューヨーク殿堂入りも果たすことになる。