拳を固めてサワディカップ9-1


年も明け2019年。正月休みでのんびりしていると、電話が鳴る。ビーさんから新年の挨拶だった。

「あけましておめでとう。早速ですが、1月にバンコクに来れますか?ナコンルアンプロモーションのスチャートさんとアポイントが取れました。14日の午後、彼の事務所に一緒に行きましょう」

すぐに航空チケットとホテルを予約し、スチャートさんにお見せする資料、私がマネージメントしている選手のプロフィールと映像をまとめる。5日間とっていた正月休みが、この作業で吹き飛んでしまった。

1月11日、今年から就航が始まったタイ・ライオン・エアで福岡空港を出発、15:00にドンムアン空港へ着いた。

真冬の日本から来た身には、常夏タイの日差しは厳しく、眩しい。すぐにタクシーを拾い、ラチャテーウィに向かう。

移動中、美容師をしている友人のノックから電話。新しい就職先が決まったから、お祝いに食事に連れて行ってほしいとのこと。夕方に会う約束をして電話を切ると、タクシーはラチャプラロップ・タワーマンションに到着した。

チェックインして、貸切状態の巨大なプールでひと泳ぎ。チャン・ビールを飲みながら、プールサイドで日光浴。1時間ほど寝入ってしまい、目が覚めた時には、全身真っ赤に日焼けしてしまっていた。

 

18:00、ARLラチャプラロップ駅でノックと待ち合わせ。屋台に入り、ビールで乾杯すると、堰を切ったようにノックが近況を話しだした。

これまでずっと美容室に勤めていたが、不景気で仕事がなく、何度も何度も解雇されたこと、田舎の両親に送金するために、美容師の仕事とバーのウエイトレスを掛け持ちでしていたこと、大変な思いをしながら、女手ひとつで子供を育ててきたが、その子がやっと二十歳になったことなど、苦労話を明るく話すノックは、たくましく、実に誇らしげだった。

今回決まった就職先の美容室は、駅近なこともあり、お客さんも多く、毎日忙しいながらも楽しくやっているという。これからメイクアップの資格も取って、いつか自分の店を持ってみたいと張り切っていた。

屋台を出て、ノックの再就職のお祝いに少し奮発して、ホテル近くのポーチャナ・シーフードレストランに入る。

豪勢なカニ料理を楽しんでいると、チャイさんという支配人がやってきて、「ボクシングの人だよね?いつもFACEBOOKを見ているよ」とワインを一本ごちそうしてくれた。これにはノックも大喜び、あっという間に飲み干すと、すっかり出来上がってしまったようで、何度も何度も、将来の夢を楽しそうに語り、上機嫌で帰っていった。

 

12日、ホテル前の屋台で20B(60円)のガパオライスで朝食。近所の子供達と相撲をとって遊んだ後、タクシーを手配し、元WBCスーパーバンタム級チャンピオン、サーマート・パヤカルーンが主宰するジムがあるサーイマイへ向かう。

パホンヨーティンを30分ほど北東に向かうと、のどかな郊外エリアにジムはあった。200坪はゆうにあるだろう、開放的なジムに併設して白亜の豪邸が建っている。拳ひとつで手に入れたサーマート・パヤカルーンの戦利品だ。

あまりの豪華さに唖然としていると、「どちらさまですか」と日本語で話しかけられた。

タケさんという、サーマート・パヤカルーンジムの日本人マネージャーだった。九州で家具商をしていて、仕事上の成り行きからタイに渡り、ひょんなことからこのジムのマネージャーになったという。自己紹介をし、事務所でお茶をごちそうになっていると、サーマートが現れた。

引き締まったスリムな体型は、現役時代と変わらない。かつて練習嫌いのプレイボーイとして鳴らした天才サウスポーは貴公子然として相変わらず格好良かった。

これから講演活動の打ち合わせがあるので、というサーマートは5分ほどで事務所を出ていった。

タケさんに私の選手が出場できる試合の機会はないか、と尋ねたところ、

「キックやムエタイなら、機会を作ることはできますが、ボクシングだけでは難しいでしょう」

とのこと。残念。

せっかく来たので、ジムの練習風景を見学した。さすが名門ジム、精鋭ぞろいで練習内容も中身の濃い、激しいものだった。ずんぐりした小柄なトレーナーがかわいそうになるほど、鋭いパンチやキックを受け止めている。ゴングが鳴り、練習終了。ずんぐりトレーナーがこちらへやってきた。

見覚えのある顔だなと思っていると、サーマートの兄、コントラニ-・パヤカルーンだった。ムエタイのスーパースターから、国際ボクシングに転向。WBCスーパーフライ級チャンピオン、ヒルベルト・ローマン(メキシコ)に挑戦したこともある名選手だった。今は弟のジムでトレーナーとして働いているという。

弟と違い、話し好きのコントラニーと30分ほどボクシング談義。ショート連打のミットの受け方など、実に勉強になった。

別れ際、お互いがんばっていい選手を作ろうと、握手をした。

ゴツゴツとした無骨な手だった。