拳を固めてサワディカップ10-3
3月17日、6:30。早朝からの電話で目が覚める。
福岡の従業員からの連絡で、会社の業務に不備が起きたらしい。詳しい状況を聞いて、対応を指示。電話のやり取りすること十数回。なんとか火消しができた。うちのような零細企業にはよくあることで、少数精鋭でなんとかうまくやってきたつもりだったが、経営土台や管理体制の脆弱さを実感する一幕だった。こんな調子では、タイでの隠居など夢のまた夢だ。気を引き締めて、会社の運営を安定させるために、もうひと頑張りしよう。
そんなこんなで、Fさんを手取り足取りの案内する気になれず、朝食の際に、今日は単独行動をしてくださいとお願いした。
Fさんを送り出した後、ホテルのパソコンで、ここ数年の業務の確認と、今後の対策を練る。チャットで求人サイトの担当者と打ち合わせをしながら、人材発掘と研修強化のマニュアル作りに協力いただいた。
Yさんありがとう。
仕事に没頭していたら気がつくともう15:00。寺院巡りから帰ってきたパソコンマニアのFさんを連れて、ラマ9駅前のフォーチュンタウンへ。1時間ばかり、彼が買い物をしている間、フォーチュンタウン内のマッサージ屋でリラックス。マッサージ後にいただいた香辛料入りのお茶が美味しかった。
ホテルに戻り、帰国の準備。荷物をまとめた後、ホテル前の屋台でビールを飲みながら、今回の旅はどうだった?と聞くと、
「いいリラックスになりました。不運を言い訳にして、グズグズしていることが、いかに馬鹿らしいかということが、ここに来てよくわかりました。また頑張れそうです。本当にここに来てよかった。」
とFさんは清々しい顔で笑っていた。
予約していたタクシーが到着した。
「マイ・コイミー・ウェーラー・レオレーオ(時間がない、早く行ってね)」
無理を言って高速道路を180kmで飛ばしてもらった。案の定パトカーから追いかけられたが、笑いながらアクセルを踏み込んで振り切るタクシー運転手の気合いに感謝。
ラッサワイのチャッチャイのジムに着くと、サターンムアンレック、ペット、ゴンファー、ノックノイ、ペッマニーのいつものメンツが出迎えてくれた。2ラウンドずつ、みんなのミットを受けて1時間もするともう汗だく。フックを力いっぱい打つ彼らに、日本式の回転の早いコンビネーションやクリンチワークを教えてみた。さすが世界ランカーたち、びっくりするほど覚えが早く、あっという間にマスターしてしまう。気に入ってくれたのか、その後もサンドバッグに繰り返し打ち込んでいるのを見て嬉しかった。
サターンムアンレックの世界戦が決まりそうだという。彼はリーチのあるサウスポーで一発もある。これまでは大技だけで倒してきたけれど、世界戦は小技や総合力も必要になるだろう。大小、緩急を併せ持ったボクサーに育つよう、日々頑張ってほしい。ワンチャンスしかないタイのボクシングシーン、一発目での世界タイトル奪取、祈っているよ。
シャワーを浴びた後、チャッチャイと談笑していると、タイ名物、強烈なスコールが降り出した。GRABアプリで予約したタクシーも、この雨で田舎道はぬかるむから乗せたくないとキャンセルされた。困っているとチャッチャイが友人のタクシー運転手を手配してくれた。
「これから空港?」と聞くチャッチャイに、
「今から友人のビーさんと食事に行く」
と答えると、
「パトゥンタニのTジムのビーさんだろ?知っているよ。後1時間ほどでジムが終わるから、後で合流しよう」
とのこと。
タクシーが到着して、Fさんと乗り込み、Tジムへ。
19:30、Tジムに到着。すっかり薄暗くなったジムは練習生も帰ってしまい閑散としていた。
隣の自宅でビールをごちそうになる。先日のチャッチャイの申し出を話すと、
「彼はいい指導者ですよ。まず何よりボクシングに対しての愛情がある。キャリアも年齢もちょうどいい。ビジネスは下手だけど、へんな悪知恵もない。もしできるなら応援してあげて欲しい」
とのことだった。
これからチャッチャイも合流するからみんなで食事に行こうと誘い、ビーさんの運転でリバーサイド・レストランへ。
レストランに着くと、チャッチャイはすでに到着していた。
乾杯した後、生バンドの演奏を聴きながら、4人で海鮮料理に舌鼓。夜風が気持ちいい。
ウエイトレスが注文を聞きに来た時、ボクシングの話をしている我々に、
「ボクシング関係者なの?私、格闘技好きなのよ」
と話しかけてきたが、元世界チャンピオンのチャッチャイに気づく様子はない。
「彼はね・・・」
と言う私に、
「いいよ、いいよ、昔の話だよ」
と、はにかむチャッチャイがおかしかった。
チャッチャイの中では、もう次の事しか頭にないのだろう。