拳を固めてサワディカップ11-1
2019年3月24日、九電記念体育館。関ジムに出稽古に来ていた杉元亮太(ウエスタン延岡)が出場。合宿ではいい仕上がりだったが、試合数日前に右拳を痛めたとのこと。この日は、左一本での試合に終始し、いいところなく0-3の判定負け。本人も悔しそうだったが、心技体のすべてをベストの状態を作るところからプロの仕事は始まっている。故障は言い訳にならない。しっかり拳を治して、またがんばろう。
4月14日、熊本県合志市体育館。WBOアジア・パシフィック・フェザー級タイトルマッチの前座に出場する、サンチャイ・ヨップン(タイ)のセコンドの手伝いに行く。控室で徹底して教えた右カウンターが序盤によく当たったが、奮起した相手選手の猛攻にあい、3ラウンド1分40秒KO負け。控室に引き上げてきたサンチャイは、悔し涙を流していた。
ホテルまで送っていこうと駐車場に向かっていると、WBOオフィシャルのタイ人、メキン・スーモンさんから声をかけられた。
初対面だったが、私のことを知っているようで、「近いうちにタイで会うことになるでしょう」とニヤリと笑っていた。
4月18日、福岡空港からバンコク・ドンムアン空港へ向かう。
15:00、チョンノンシー駅近くのHレジデンス・サトーンホテルに到着。最初に通された部屋のエアコンが故障していたので、他の部屋へのチェンジをお願いする。あいにくレギュラー・ルームが満室だそうで、セミスイートルームが用意された。もちろん追加料金はなし。あまりの快適さに、どこにも出かけず引きこもっていたかったが、そうはいかない。すぐにタクシーを手配し、チャッチャイのいるササークンジムへ向かう。
ジムに着くと、サタンムアンレックが火の出るような練習をしていた。猛然とサンドバッグを叩き、チャッチャイのミットが吹き飛ぶほどの強打を打ち込んでいた。コンビネーションパンチを教えてくれと言うので、4ラウンド、ミットを持って指導した。上下の打ち分け、ボディブローの角度、パンチの強弱やフェイントのかけ方など、実践的なテクニックを教えていくと、実に貪欲に吸収していく。その姿は、さながら修行僧のようだった。普段は優しい顔をしているサタンムアンレックが鬼のような形相だ。
それもそのはず、6月19日、WBA(世界ボクシング協会)ライトフライ級チャンピオン、京口紘人(ワタナベ)への挑戦が正式決定したという。毎日18kmの走り込み、休日返上しての休みないトレーニングで気力・体力ともに完璧に仕上がっているらしい。
練習が終わり、必勝を祈って三人でコカ・コーラで乾杯。
この数ヶ月考えていたチャッチャイからの依頼事。運営、マッチメイク、プロモーションのサポートの件、自分の中でやっと答えが出た。この賭けに乗ってみようと思う。決心に至ったのは、いろいろな理由があるが、特に心を動かされたのは、過去の栄光にあぐらをかかず、前を向いて、ボクシングに対しての愛情を絶やさない彼の純情によるところが大きかった。
そのことをチャッチャイに伝えると、
「ありがとう。そう言ってくれると思っていた。熱意が伝わったのがとても嬉しい。大事なパートナーを失望させるわけにはいかないから、これまで以上に頑張って強い選手を育成するよ。二人で頑張っていこう。これからもよろしく」
力強い握手を何度も何度も繰り返した。
自前の選手育成の目処は立っているのかと尋ねると、
「問題ない。すでにムエタイ出身のボクサーを数人押さえてある。とりあえず、今週土曜日のWPボクシングに出場させるから、その出来次第で、我々がマネージメントするにふさわしいかどうかを判断する。もちろん見に来るだろう?」
と、抜かりがない。彼のこの情熱が続くことを願いつつ、土曜日の再会を約束してジムを後にした。
18:00、ホテルに戻り、プールでひと泳ぎ。強烈な空腹に襲われて気がついた。今日は朝から何も食べていなかった。隣町のシーロムへ行き、いつもの屋台でカオカムー(豚足煮込ぶっかけ飯)とチャン・ビールで一息つく。屋台のおばちゃんは今日も仏頂面だった。雨が降ってきたので、目についたバーへ入る。
日本人が経営するバーだった。マスターは私と同い年で、若い頃から香港やタイで様々なビジネスを手掛けているという。お客さんも駐在員や現地採用の日本人ばかり。これまで、タイで日本語を話しながら飲む機会があまりなかったので、2時間たっぷり、リラックスしてくつろぐことができた。
ホテルに戻り、広々とした部屋で、ルームサービスのハイボールを飲みながらくつろいでいると、なんとも言えない変なプレッシャーに襲われた。チャッチャイほどの人間が、私を必要としてくれるのは光栄なことだが、果たしてこちらは彼に見合ったマネージメントやサポートができるのか。これから先、私の力不足で、彼をがっかりさせることはありはしないか。
彼にああいう返答をした以上、もう引っ込みはつかない。これから長い期間、経済的にも、マッチメイカーとしても、より一層の勉強・努力・レベルアップに務めるハードな毎日が始まってしまったのかと、身が引き締まる思いだ。