拳を固めてサワディカップ12-3

6月1日、9:30。電話のベルで目が覚める。友人のノックからだった。

買い物と食事のお誘いだったが、今日はバーンケンに用事があると言うと、

「タクシーでしょ?行きはいいけど、帰りは外国人がタクシーを拾うのはたいへんだから、一緒に行ってあげる」

とのこと。

12:00にホテルに迎えに来てもらうことにした。

 

プールで1時間泳いだ後、腹ごしらえにプラディパッド・ホテル横のタイ料理屋で遅い朝食。エビがたっぷり入ったヤムウンセン(春雨サラダ)とギンギンに冷えたシンハー・ビールが美味しかった。

サパンクワイ駅まで15分ほど歩き、大型ショッピングモール、BIG-Cでお土産を買い込んだ。早速、BIG-Cの向かいにある郵便局で、国際郵便発送の練習。友人たちにお土産を送ってみた。あっけないほど手続きは簡単だった。これなら、将来ネットショップを始めても、買い付けた品物の日本への発送も自分でできそうだ。

プラディパッド通りのタイマッサージ屋で1時間コース250B(750円)。体調は完全に回復した。施術後、店主のおじさんとお茶を飲みながら話し込んでいたら、もう昼過ぎ。あわててホテルに戻ると12:30、1階のロビーでノックがふくれっ面をして待っていた。

 

ロビー横のレストランで、ノックにビールをごちそうし、機嫌が治ったところで、タクシーを手配して出発。1時間ほどでラムイントラのウルフ・ジムに到着した。中規模クラスのショッピングモールの中にジムはあると聞いていたが、看板もなく、入り口がわからない。ジム会長のプームと電話でやり取りをしながら探し回るが、なかなか見つからない。歩き回ること30分。見つからないはずだ、ジムはテナントに入居しているのではなく、最上階の離れの、倉庫のような一角にあった。

「ケンさん、はじめまして!プームです。お会いできて嬉しいです」

流暢な日本語で出迎えてくれた。

FACEBBOOKで知り合ったプームは、大阪在住歴が長く、赤井英和や井岡弘樹を輩出した名門、グリーンツダジムと提携している国際ボクシングマネジャーだった。ボクシング一家に生まれた彼は、ジム経営の傍ら、マッチメイクやマネージメント業務に従事し、IBF(国際ボクシング連盟)に強力なパイプを持っているそうだ。現在も9戦全勝(8KO)のホープ、タノンサック・シムシーの売り込みで、日本とタイを忙しく往復しているという。日本語がうまいはずだ。

会長室でお茶をごちそうになりながら、マッチメイクの現状や、今後の対策などを話し合った。初めて会う、目の前の若い指導者は、伝統を守りつつ、なおかつ若い発想で、アジアのボクシングシーンをもっと活性化させたいと、力強い眼差しで熱く語っていた。

「チャッチャイさんと手を組むことになったんでしょう?噂は聞いてますよ。ケンさんがどんな人か、一度お会いしたいと思っていました。実はチャッチャイさんは僕の先輩なんですよ。熱心な、いい指導者です。先輩のこと、よろしくお願いします」

長いことボクシングの世界に身を置いているが、無意識にマンネリ化してきているのを感じることは何度もあった。日々、熱心にやっているつもりだが、自分の気が付かないところで、無難な仕事のこなし方をしていたことが時としてあった。

ナコンルアン・プロモーションのスチャートさんの言葉を思い出した。

「我々はボクシングのために、もっともっと苦労する必要がある。これまでも、そして、これからもだ」

若く、熱心なプームと話をしていると、初心を思い出し、改めて身が引き締まった。ありがとう、プーム。

 

ジムに案内され、フィットネスの会員さんたちの練習を眺めていると、ソフトモヒカンのいかついトレーナーがやってきた。よく見ると、元WBCスーパーフライ級チャンピオン、スリヤン・ソー・ルンヴィサイだった。引退後、プームのジムでトレーナーをしているという。さすが、元世界チャンピオン、一般の会員さんにも熱心な指導っぷりで、きびしいながらも、冗談を交えながら、練習生を飽きさせない見事な指導だった。ボクシングジムがスポーツクラブとして、一般にも門戸を広げるのに、必要なものをたっぷり勉強させてもらった。

 

ジムを出ると、放ったらかしでボクシング談義をしていたせいか、ノックの機嫌が悪い。モールの中でビールをごちそうすると、やはり、あっという間に機嫌が治る。

通りでタクシーを拾おうとするが、やはりノックの言ったとおり、私の顔を見ると停まってくれない。

「ケン、私から離れてなさい。一人のふりをしてタクシーを停めるから、私が乗り込むタイミングで、どさくさに紛れて乗ってきなさい」

ノックから2.3m離れたところで見ていると、一発でタクシーは停まってくれた。すかさず乗り込み、何とか事なきを得た。ノックを連れてきてよかった、と思いながらも、なにか複雑な気持ちだった。

 

プラディパッドに戻ると、今日のお礼のつもりで、少し高級なレストランにノックを招待した。ごきげんなノックはいつものようにガブガブと飲み始め、ステージ上の生バンドに飛び入りして、ワンマンコンサートを始めてしまった。

ウエイトレスのおねえちゃんがやってきて、隣に座る。

「今日はいいことがあったから、私にも一杯ごちそうして」

「なにがあったの?」

「彼女とヨリが戻ったの。女同士は喧嘩が多くてね。仲直りが大変なのよ」

唖然とする私の隣で、美味しそうにテキーラを煽っている。

タイのこのゆるさがたまらない。

 

オープンテラスに気持ちのいい夜風が吹いた。