拳を固めてサワディカップ13-1

2019年6月19日、WBA(世界ボクシング協会)ライトフライ級タイトルマッチ、チャンピオン京口紘人(ワタナベ)対、挑戦者、サタンムアンレック・CPフレッシュマート(タイ)の観戦するために、福岡空港から羽田空港へ出発した。

 

機内はガラガラで、2時間弱の快適な空の旅だった。モノレール、りんかい線、京葉線と乗り換えて幕張メッセに到着。

入口ゲート前からチャッチャイに連絡すると、入場チケットと関係者パスを持って来てくれた。

「サタンムアンレックの調子はどう?」と聞くと、

「問題ない。昨日もぐっすり眠れたようだし、朝の顔色もいい。今日のタイトルマッチはぜひ期待してほしい」

と、自信満々だった。

 

チャッチャイに促され控室に行くと、バンデージを巻き終えたサタンムアンレックが駆け寄ってきて、私の足元にひざまづき、合掌(ワイ)の挨拶をした。

「遠いところから来てもらってありがとうございます。調子は万全です。今日は必ず、世界チャンピオンになります」

と弾んだ声で語っていた。

 

今日は京口対サタンムアンレックのタイトルマッチに加え、WBO(世界ボクシング機構)スーパーフライ級王座決定戦、井岡一翔(REASON大貴)対アストン・パリクテ(フィリピン)、WBO女子スーパーフライ級王座決定戦、吉田実代(EBISU K’s BOX)対ケーシー・モートン (USA)のトリプル世界戦。豪華な対戦カードに来場者たちの期待が高まっているのがわかる。開場とともに、客席はあっという間に埋まっていった。

 

用意されたリングサイドに陣取り前座カードを観戦していると、あっという間にセミファイナル。サタンムアンレックが微笑みをたたえながら入場してきた。リングインする時に、サタンムアンレックと目が合うと、彼は小さくガッツポーズをしてみせた。

君が代とタイ国歌が厳かに流れたあと、選手紹介。サタンムアンレックの顔から微笑みが消え、厳しい表情になった。

 

1R、作戦通り、リングの中央に陣取り、プレッシャーをかけ、早い出入りをするチャンピオンを要所々々で迎え撃つ。上々の出だしだ。

2.3ラウンドも作戦通りの良い展開。3ラウンド終盤には、ロープを背にしたサタンムアンレックが京口の連打の撃ち終わりに、冷静に右フックをカウンターでヒットさせる。この展開ならタイトル奪取の可能性大いにあり、と応援にも力が入る。

 

しかし、さすが世界チャンピオン。4ラウンドから、京口が、というより、京口陣営が作戦を変えてきた。こちらのカウンター戦法を見抜くと、長い打ち合いをせず、撃っては離れのリズムが急激にテンポアップした。

スピードと追い足がないタイ陣営は、ならばと、京口が入ってくるところに同時にカウンターを合わせる作戦に切り替えたが、こちらの作戦変更に気づくと、王者サイドはそれをさらに上回るフェイントを交え、スピードアップに拍車をかけた。

人気絶頂のチャンピオンは格下と見られているタイの挑戦者に対して、もっと力ずくで倒しに来るものと思っていた。そこにつけ込んだカウンター戦法だったが、こちらの意図を冷静に汲み取ると、すかさずスタイルをチェンジ。緩急織り交ぜた、引き出しの多いボクシングを展開、こちらの作戦はものの見事に崩壊し、中盤、後半はいいように撃ちまくられた。

インターバルの間、青コーナー下へ行き、状況打破のアドバイスをするが、こちらを振り返るサタンムアンレックの目に力がない。

絶望的な試合展開の中で迎えた最終回。

「判定でも負けている。KOしかない。倒されてもいいからとにかく前に出ろ。ワンチャンスを諦めるな」と発破をかけて送り出した。

挑戦者は決死の覚悟で打ち合いに出る。チャンピオンもKOを諦めることなく、激しい打撃戦の中、試合終了のゴングが鳴った。

117対111がふたり、117対112がひとりの3-0の判定でチャンピオンが初防衛に成功。サタンムアンレックのタイトル奪取はならなかった。

 

控室へ行くと、すぐにドクターチェック。チャッチャイが席を外していたので、代わりにタイ・マスコミのインタビューを受ける。

「挑戦者はほんとによく頑張った。敗因を挙げるならば、陣営の引き出しの数だったように思う。これで終わっていい選手ではない。彼はまたチャンスを与えられるべきだ」

という内容のコメントをした。

 

疲労困憊のサタンムアンレックは椅子に座ったまま終始うなだれていた。目には涙が浮かんでいる。誰に語りかけるでもなく

「もう終わりだ・・・」

と、つぶやいた。蚊の鳴くような声だった。

 

一度出た結果は覆らないし、どんな慰めも、敗戦のショックを癒せるものではない。敗北はひたすら噛みしめるほか仕方がないのが現実だ。

 

控室を出て、アリーナに戻ると、メインイベントの井岡一翔が10ラウンド、猛ラッシュをかけて1分46秒、TKO勝ちを収め、見事4階級制覇を達成したところだった。湧き上がる館内、鳴り止まぬ拍手や大歓声。

 

つい3分前に見たサタンムアンレックの絶望の涙と、今リング上で井岡が見せている歓喜の涙。

 

世界の頂点に立つ者と、あと一歩で終わる者。その間に横たわる狭くて深い溝。向こう岸が見えているというのにたどり着けない深い深い溝。

 

厳しい現実に、頭から冷水をかけられた気分だった。