拳を固めてサワディカップ13-4

第一ラウンドのゴングが鳴った。

スピードの差は歴然。若いキティタットは、高性能のゼロ戦のように、縦横無尽にトーンの周りを旋回し、鋭いジャブを連発する。作戦通り、トーンは正確なパーリングやブロッキングでこれをさばく。

続く2.3ラウンドも同じような展開。作戦通りに辛抱強く相手の攻撃に対応し、機をうかがっているが、手数の差で、序盤のポイントは相手に取られているはずだ。

4ラウンド終了時に、相手が肩で息をしながらコーナーに帰っていったのを見て、

「ヤツのスタミナが切れ始めた。だが、後2.3ラウンドは辛抱してボディを攻めろ。もう少し疲れさせてから、練習したカウンターで反撃を開始しよう」

こちらを振り返りうなずくトーンの目はまだしっかりしている。

中盤戦、トーンは辛抱強く、若い対戦者のボディを攻める。キティタットは懸命のクリンチでこれを凌ぐ。キティタットの自慢のフットワークはもう軽快さを失っている。一進一退のいい流れになってきた。

予想外の事が起きた。序盤からジャブをもらいすぎたせいで、トーンの右目が腫れ上がってきた。少し弱気になったのか、トーンも少しスローダウン。底力が残っているうちに、勝負をかけさせよう。

7ラウンド開始前、コーナー下へ行き、

「よく辛抱した。ここから反撃開始だ。相手のすべての右ストレートに左フックのカウンターを合わせよう。いいか、たまにじゃない。全部の右に合わせるんだ。相手が怯んで下がったら、ステップインして更に左フック。勝負をかけろ。倒してこい」

スピードのなくなったキティタットの右に面白いようにトーンの左フックが当たり始めた。愚直に左フックを振るい続けるトーンと必死に踏ん張って耐える若きホープ。覚悟を決めて打ち合いに応じるキティタットの連打でトーンの目の腫れがひどくなってきた。

9回はトーンのベストラウンド。左フックがキティタットのアゴをかすめ、コーナーまで吹っ飛ぶ。絶好のKOチャンスだったが、腫れ上がったまぶたで視界を遮られ、距離感が悪くなったトーンはとどめの一撃を打ち込めない。最後のスタミナを振り絞ってかけた総攻撃に失敗してしまった。

お互い消耗しきった最終回は山場もなく、クリンチ合戦に終始し、試合終了のゴングを聞いた。

判定は手数で勝った前半の貯金が支持され、キティタットに上がった。

 

判定を聞き、呆然と立ち尽くすトーンの顔は驚くほど晴れ晴れとしていた。最後の最後まで勝利にしがみつこうとした自分のボクシングに納得がいった敗戦だったのだろう。

 

控室でジムメイトたちから、勝者のような称賛を浴びていた。ジムの仲間たちも、トーンがここまでやるとは思っていなかったのだろう。勇気ある素晴らしい善戦にみんなが感動していた。

 

「試合中は夢中だった。とにかく勝ちたかった。ポイントのことも何もわからなかった。最後の最後まで倒すことしか考えていなかった。とてもキツイ試合だったけど楽しかった」

晴れ晴れしい顔で語っていた。

 

最近できたばかりだという恋人が控室に入ってきた。彼女は腫れ上がったトーンのまぶたに、氷水に浸した自分のハンカチを当て、冷やし始めると、

「急に悲しくなった」

と言って、トーンはポロポロと涙を流し始めた。

 

時計を見ると17:00。プラディパッドで青島親子と食事の約束があるので、タクシーを拾おうとするが、ここはのどかな田舎町。タクシーに乗り込んで行き先を告げると、「そんな遠くまでは行きたくない。悪いけど他のタクシーを当たってくれ」と、7台連続の乗車拒否。

かなりの遠回りになるが、最寄り(といっても車で30分)のラムカムヘーン駅まで行って、電車に乗り換えプラディパッドまで行くしかないと諦めかけた時、8台目のタクシーが「多めにチップくれるなら、プラディパッドまで直行してあげるよ」とありがたい一言。

助かった。

 

プラディパッドホテルのレストランで青島親子とチャンビールで乾杯し、タイ料理に舌鼓。今後のマッチメイクのスケジュールなどを話し合った。大志くんもマッチメイクやアテンド、セコンドまでも一人でこなせるようになっているという。やはり、やる気のある若い人は優秀だし、成長も早い。こちらも負けていられない。競争心は良い成果を生むという。ボクシング界の活性化のためにこれからも頑張ろう。