拳を固めてサワディカップ14-3

8月18日、9時起床。大阪のT会長からの電話で目が覚める。12月の大阪でのマッチメイクの相談だった。タイ人選手を見繕うと思っていたのだが、

「最近はスポンサーや観客の目も肥えてきていて、あからさまな咬ませの選手では納得してくれなくなってきている。もちろん自分の選手の勝算が高い選手とやらせたいが、あまりにも温室育ちをさせ続けると、選手のためにもならない。自分の選手に筋金を入れるために、少し骨のある選手を用意してほしい。選手の国籍は問わないから、ひとつよろしく頼みたい」

とのことだった。

T会長の気持ちや意向は痛いほどよくわかる。

楽な試合を重ね、安易な白星を積み重ね、パーフェクトな戦績を作り上げたところで、いざ世界戦線に突入すると、化けの皮はあっさりと露呈する。選手の充実度やピークをうまく見極めながら、ここぞというときに冒険をさせることはとても重要な作業だ。

とはいえ、日本に限らず、世界各国のマネージャーやプロモーターと冒険マッチに出場させることに対して、都合よく足並みを揃えるのは本当に難しい。しかも、ほとんどのマネージャーは地元での試合出場をさせたがり、契約ウエイトも自軍のベストの体重で決めたがるものだ。お互いの陣営は自分の選手を少しでも有利に試合をさせるために、そう簡単には妥協を許さない。

勝ちに対しての執着は、ボクサーやそのマネージャーの立場からすれば、当然のことだ。そんな両陣営と何度も何度も辛抱強く交渉を重ね、やっと試合を決定させたときの安堵感は相当なものだ。

明日の帰国後は忙しい毎日になりそうだ。陣営、ファン、スポンサー、そして何よりリングで戦うボクサーたちのために、みんなが納得できる試合を根気よく組みたいと思う。

 

近所の屋台で朝食と昼食を兼ねた40B(120円)のガパオライス。パクチーたっぷりでおいしかった。近所のコンビニでビールを買い込み、ホテル屋上のプールサイドで日焼けタイムでビールを楽しむ。天気が良く気持ちがいい。

リクライニングチェアで昼寝をしようと思ったが、なかなか寝付けないので、帰国後の会社運営のプランをあれやこれやと思いめぐらせる。

先月、割と大きな不備が起きた。管理体制の未熟さといえばそれまでだが、不備と対応がイタチごっこになってしまっては意味がない。もっと知恵を絞り、未然に不備の芽を摘むようなアイデアは出ないものだろうか。明確な完成形やゴールというものはないのかもしれないが、まだまだたくさん勉強をして、冷静に現状を観察・分析をできる目を持ちたいと思う。ありきたりのマニュアルではなく、独自の血の通った方程式や法則を編み出したい。

 

15:00、チェックアウトして、GRABアプリでタクシーを手配、サーサクンジムへ向かう。

コーラがまだ来ていなかったので、チャッチャイやトーンとオレンジジュースを飲みながら談笑。

11月にギャラクシー・プロモーションの興行で、コーラをデビューさせようという話が出た。トーナメント形式の賞金マッチだという。金銭にシビアなタイ人にとって、賞金マッチはいいモチベーションになるかもしれない。もちろん異論はなく、前向きに進めてほしいとチャッチャイに伝えた。

 

16:00、コーラがやってきた。シャドーボクシングのフォームやバランスを厳しくチェックし、6ラウンズのミット打ち。サウスポーのコーラに数種類のジャブと右腕の使い方をしつこく教える。

相変わらず飲み込みはよくないが、繰り返し繰り返し教え込む。時折うんざりしたような顔をするが、その都度、休憩をはさみ、練習の意味を説明する。

一通り教え込んだところで、お互いにグローブを着けて、マスボクシングで実践指導。だいぶ右手の使い方がうまくなった。しかし、左ストレートを打つ際に右手が下がり顔面ががら空きになってしまう。カウンターを何度も合わせ、気づかせようとしたが、どうしてパンチをもらってしまうのかわからないようだ。ガードが下がらないように、右の脇の下にタオルとはさませ、ひたすら左ストレートを打たせる。窮屈な上に、左ストレートを強振できないので、納得がいっていないようだった。

休憩をとり、動画でWBCスーパーフライ級タイトルマッチ、渡辺二郎(大阪帝拳)対尹石換(韓国)の試合を見せる。ガードの低い尹が同じパンチで何度も何度も倒されるのを見てようやく納得してくれたようだ。

 

2時間みっちり指導した後、シャワーを浴びて、扇風機の前で休んでいると、

「11月のデビュー戦、決まったよ」

とチャッチャイがサイダーを持ってきてくれた。

「コーラはリングシューズを持っていないから、プレゼントしてやってくれないか」

「わかった。来月持ってこよう」

握手をしてジムを後にした。

 

タクシーを呼び、ビーさんのジムへ。

ジムへ着くと、メキンさんとメキンさんの奥さんがいた。ジムのちびっこにミット打ちの指導をした後、ビーさんの運転でいつものリバーサイドレストランへ向かう。さっきまでチャッチャイのところにいたと言うと、

「チャッチャイもここへ呼びましょう」と電話をかけ始めた。

30分後、チャッチャイも合流して豪勢な海鮮料理の晩餐が始まった。

 

「やっとこの4人がそろいましたね。これからも力を合わせていいボクシングシーンを作りましょう」

と、ビーさんは上機嫌だった。

 

やっとここまで来た、というのが正直な感想だった。これからまだまだ先は長いが、目の前の男たちと一体どこにたどり着くのか、楽しみながらやっていきたいと思う。