拳を固めてサワディカップ15-1

今回は1年半ぶりの家族旅行。

私が先にバンコク入りして、母親と妻は休日を利用して後から駆け付けるので、ホテルの予約が若干変則になる。

一人の宿泊ならプールさえあれば快適なので、そんなにこだわらないが、家族が一緒だとそうはいかない。最初の2日は私一人なので、前回と同じインタマラの激狭ホテル、バンコク68。残りは少し奮発して、民泊サイトでプロンポンにある2ベッドルームのサービスアパートメントを予約した。LINEを使い、部屋のオーナーと個人的にやり取りするシステムだった。思ったほどてこずることもなくスムーズに予約完了した。

前倒しで仕事を済ませ、9月12日、福岡国際空港からSL315便でバンコクへ出発。現地時間13:15にドンムアン空港に到着した。

イミグレーションはガラガラで、あっという間に入国完了。スマホのフリーシムを買い、いつもの喫煙所へ。心なしか涼しく感じる。スマホで気温を調べてみるといつもと同じ35℃。

そうか、日本の夏の暑さが年々厳しくなってきているので、バンコクの気温とそう変わらないからか。同じ気温でも湿度の高い日本のほうが消耗が激しいのかもしれない。

タクシーを拾い、インタマラのバンコク68ホテルへ向かう。14:00過ぎに到着。チェックインをしようとすると、
「チェックインは15:00からです。アーリーチェックインをご希望なら、追加料金がかかります」
とのこと。

ばからしいので、近所を散歩する。ソイ45の路地にある、以前チェックインできなかったLAタワーホテルの一階に新しいレストランができていた。のども乾いていたので、WHAT’S up dogレストランに入る。

アメリカ人オーナーと恋人のタイ人女性が二人で切り盛りしている店だった。チャン・ビールとソムタム(パパイヤサラダ)を注文する。冷房がしっかり効いた店内で飲む冷たいビールが最高においしかった。

15:00、ホテルにチェックイン。荷物を置いて、屋上プールへ直行。30分ほど泳ぎ、リクライニングでリラックス。明後日には家族が到着するので、早め早めにボクシング関連の仕事を片付けておこう。

ゆっくりする暇もなく、練習着とコーラにプレゼントするリングシューズを用意する。前回頼まれていたものだ。モデルは普段私が使っているものと同じアディダス製にした。喜んでくれるといいのだが。

タクシーを手配し、一路ラムルッカへ。高速道路に乗ると、渋滞もなく、1時間もかからずにサーサクンジムに到着した。

選手たちの試合が決まっていないため、ジムはのんびりとした雰囲気だった。世界ランカーのペットやヨードモンコンは自分の練習はそっちのけで、ちびっこやフィットネス会員のミットを受けながら楽しそうに指導をしていた。

ほどなくしてコーラがやってきた。プレゼントのリングシューズを渡すと大げさにワイ(合掌)して喜んでくれた。
「早速練習を始めよう。このシューズがボロボロになるように練習を頑張るんだよ」
とハッパをかける。

シャドーボクシング5ラウンド。ガードの位置や、打ち終わりの身のこなしを口うるさくチェックする。新品のシューズを履いているためか、足さばきや膝の動きがぎこちない。渡す前にシューズのつま先や足首部分をもみほぐしてあげればよかったな。

ミット打ちを5ラウンズ。パンチの切れは以前よりも増してきた。パンチを受けた後すぐに打ち返し、攻防一体のボクシングを教え込む。ガードが下がる癖は相変わらずだが、あまりくどくど言うと萎縮してしまう可能性がある。

口での指導はできるだけ封印して、ガードの下がったところにパンチを打ち込む指導法に変えた。今回の滞在での指導は理屈ではなく、体で覚えてもらうことにしよう。

全体主義で従順な師弟関係が身に染みている日本人は説教や叱咤激励を受け入れやすいが、タイ人は人前での𠮟責や頭ごなしな指導を嫌う傾向にあると聞いた。

関会長からも、
「若いころ、教え子を連れてロサンゼルスに行ったときに、向こうのトレーナーたちの指導方法を見て驚いた。向こうは型にはめすぎず、エンジョイさせて長所を伸ばすことを徹底していた。竹刀片手に怒鳴りつけて選手を追い込む日本の指導方法はもう古い。これからは日本の指導者もそういったやり方を勉強する時期にきているかもな」

と教わったことがある。

こちらの指導や思いがきちんと伝わっているか、集中力や向上心が切れてはいないか。

選手ファーストを目指すなら、そうした小さな変化に気づいていける観察力を持ったトレーナーに成長したいと思う。

汗だくになってコーラの練習が終了。扇風機の前で涼んでいると、初めて見る顔の中国人が声をかけてきた。

ヤン君という武漢出身の26歳の青年だった。ボクサーを目指しあちこちのジムで練習していたが、チャッチャイの指導力を噂で聞きつけ、最近通いだしたのだという。

「僕にも指導してくれませんか?僕も強くなりたいんです」

真剣な目でそう頼まれた。

リングに上げ、ステップ、リズム、ジャブの基本を1時間みっちり教え込んだ。いままで我流で力任せのボクシングをしていたらしく、力みかえってしまう厄介な癖がついていたが、体力は抜群でこちらが教えたことを実に貪欲に吸収しようとしていた。

中身の濃い練習で、バテているかと思いきや、

「毎日来ますから、明日もまた指導をお願いします」

嬉しそうに笑ってそう言った。はにかんだようないい笑顔だった。